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現実に減収が生じていない場合の労働能力喪失による逸失利益

Q 現実に減収が生じていない場合にも、後遺障害による労働能力喪失による逸失利益についての損害賠償請求が認められるのでしょうか

弁護士 松本篤周

1 最高裁判所の考え

交通事故や労働災害で怪我をして、後遺障害が残った場合、後遺障害の等級の程度(例えば8級なら45%)に応じて、将来(症状固定時点から労働可能年齢が終了するまで)の間に生じる所得の減少を逸失利益といいます。
例えば、片目の視力を失った場合、そのために労働能力が低下し、それは将来にわたって続くものなので、将来の稼働能力の喪失の程度に従って、その損害の賠償を請求できるのが原則です。
ただ、後遺障害が残った場合にも、その後現実の収入が減少しない場合があります。このような場合、「現実の減収がない以上、具体的な損失はないのだから賠償義務する必要はない」(現実損害説ないし差額説)ということになるのか、それとも「能力を喪失したこと自体を損害と評価するべきだから、現実の収入の減少の有無にかかわらず、賠償をするべき」(労働能力喪失説)となるのかが問題となります。
この点に関する最高裁の代表的な判決は次のように判示しています。

かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。

最判昭和56年12月22日・民集35巻9号1350頁

この判例の立場は、原則として差額説を採りつつ、例外的に「特段の事情があるとき」には喪失説による、と考えているように読めます。

2 特段の事情とは?

それでは、具体的な減収がなくても経済的不利益が認められる「特段の事情があるとき」というのは、具体的にどういう場合があるのでしょうか。
上記の最高裁判決は具体例として①事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて,かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合,②労働能力喪失の程度が軽微であっても,本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし,特に昇給,昇任,転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合などの例をあげています。

後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには、たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であつても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。

最判昭和56年12月22日・民集35巻9号1350頁

いくつか例を見ていきましょう。

(1)本人の特別な努力によって、減収が生じていない場合

例えば、足の痛みに耐えたり不自由な関節をかばったりしながら作業を行うとか、途中失明したが点字を学び、従前と同じような作業量をこなすなどの特別の努力をしているなど。この場合は、障害があるにも関わらず、本人が特別の努力をして障害を負う以前と同等の作業能力を維持しているからこそ減収が生じていないだけであり、逆に言えば、事故によって負った障害によって、特別の努力を強いられている部分については賠償によって埋め合わせしてあげることが必要だということになります。

(2)勤務先の配慮や温情によって減収が避けられている場合

勤務先の配慮や温情は,経営状況等によっては永続的に継続するという保証はなく,配慮や温情が途切れれば,労働能力による減収が現実化することになります。従って,勤務先の配慮がなければ収入が減少してしまうという経済的不利益をも考慮する必要があるということになります。この点について、参考になる裁判例があります。

「原告は併合八級に該当する後遺障害の認定を受けているものの,現在までに特段の減収が生じているわけではなく,後遺障害による損害はいまだ表面化していない。しかし,原告は,本件事故の結果,右眼の矯正視力が〇・一前後に低下し,左足関節に機能障害が残るなどの後遺障害を被り,業務を遂行する上で支障が生じているものであって,現在までに減収が発生していないのは,原告自身の努力によるほか,勤務先の配慮によるところが大きいものと考えられ,将来においては,昇進,昇給の遅れ等による損害が顕在化することが予測される。」

(東京地判平成13年7月31日判決)

これに対して,国立大学の学務部教務課に勤務する症状固定時53歳の男性について,1眼失明,1眼視力低下,骨盤変形などにより併合1級(喪失率100%)の認定を受けた事案で,事故後4年間減収がなく,定年である60歳までは給与面で不利益があるとは認められないとして、逸失利益を否定し,60歳以降は100%の喪失を認めるとした裁判例があります(札幌地判平成11年9月29日)。
このような考え方を前提とすると、公務員の場合、民間に比べて勤務先が比較的安定しており身分保障も厚いことから、定年までは従前通りの勤務条件が維持される蓋然性があるとみなされたものと思われますが、昨今の公民改革では,公務員であっても能力主義・成績主義が採用される情勢にあるので、公務員だからといって逸失利益がないという論理は採用されなくなる可能性もあるでしょう。

3 まとめ

以上から、後遺障害が生じても現実の減収がなく、事故前の収入を維持している場合に、後遺症を理由とする将来にわたる損害賠償を請求するためには、被害者の側で、不利益が生じる可能性がある特別の事情があることを具体的に主張立証する必要があることになります。
最高裁の判例などを参考にすると、その内容は概ね以下のような項目になると思われます。

① 本人が業務においてどのような努力をしているか
② 勤務先がどのような配慮をしてくれているか
③ 勤務先の規模や存続可能性
④ 現在の仕事を将来にわたって続けられるか
⑤ 将来の昇進・昇任・昇給などにおいて、具体的にどのような不利益を受けるおそれがあるか
⑥ 実際の業務にどのような支障が生じているか
⑦ 生活上にどのような支障が生じているか

有期雇用の無期転換ルールの運用開始を控えて

弁護士 樽井直樹

 来年(2018年)4月1日から、有期雇用の無期転換ルールの運用が本格的に始まります。
 「有期雇用の無期転換ルール」といわれてもピンと来ないかもしれませんが、パートや契約社員のような契約期間が決まっている働き方(「有期雇用契約」または「有期労働契約」といいます。)をしている人も、そのような契約が一定期間継続した場合には、契約期間の定めがない契約(「無期雇用契約」または「無期労働契約」といいます。)に転換できるという制度です。この制度について、説明します。

1.労働契約法の2012年改正

 はなしは2012年にさかのぼります。
 パート、契約社員、派遣といった非正規労働者が増加する一方、非正規労働者が正規労働者に比べて相対的な賃金が低いいった不公正な労働条件の下で働いていることや、リーマンショックによる派遣切り、非正規切りによって明らかになったような雇用が不安定であることが社会問題となりました。そこで、民主党政権下の2012年に有期雇用労働者の保護に向けて、労働契約法18条、19条、20条の改正という重要な前進がありました。
 簡単に説明すると、19条で、有期労働契約の更新拒絶(雇止め)について、雇用継続の合理的な期待がある場合に解雇権濫用法理(労働契約法16条)を類推適用するという裁判を通じて形成されていたルール(判例法理)を明文化しました。
 20条は、パートタイム労働法8条と同様に、有期労働契約であることを理由とする不合理な差別を禁止するものです。この改正法施行後、長澤運輸事件やハマキョウレックス事件など、20条を根拠として重要な裁判が闘われています。
 本稿のテーマである有期労働契約の無期転換ルールを定めた18条は、有期労働契約が5年を超えて反復更新されたときに、労働者に無期転換申込権の行使を認めるというもので、12年改正法が施行された2013年4月1日以降に締結または更新された有期労働契約から適用されるため、2018年4月1日以降に5年を超える契約が発生することになります。そのため、来年4月から本格的な運用が始まることになるのです。

2.有期雇用の無期転換ルール(労働契約法18条)とは

 では、有期雇用の無期転換ルールの内容を具体的に見ていきましょう。

1)目的

 まず、有期雇用の無期転換ルール(労働契約法18条)を設けた目的は、有期労働契約が同一の労働者と使用者との間で5年を超えて反復更新された場合に、労働者の申し出により期間の定めのない労働契約に転換させることで、有期労働契約を濫用的に利用することを防止し、労働者の雇用の安定を図ることにあります。

2)無期転換のための要件

 では、どのような要件を充たせば無期転換ができるでしょうか。

A.労働者に無期転換申込権が発生すること

 まず、「同一の使用者」との間で「二以上の有期労働契約」が締結されてきたことが必要です。簡単に言うと、同じ使用者との間で、有期労働契約が1回以上は更新されたことがあるということです。
 次に、「二以上の有期労働契約」を通算した雇用期間が「5年を超えた」ことが必要です。ただし、空白期間(クーリング期間)についての複雑な規程があり、これについては後ほど見ることにします。

B.労働者が無期転換申込権を行使すること

 無期転換は自動的には発生しません。労働者が使用者に無期契約に転換したいという申込権を行使することが必要です。申込権の行使には、特に様式が定められているわけではありませんが、重要な権利に関するものですから、証拠を残しておくという趣旨で書面で行うことが望ましいと思います。
 無期転換申込権の行使は、現に締結されている有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に行使する必要があります。もっとも、有期労働契約が更新されるたびに無期転換申込権は発生すると考えられていますので、新たに更新された場合には、新たに発生した無期転換申込権を行使することができます。

3)無期転換申込権行使の効果

 無期転換申込権が行使されると、その時点での契約期間が満了した翌日から労務を提供される無期労働契約を締結することの申込みがなされたことになります。そして、無期転換申込権が行使された場合、使用者は、この無期労働契約を締結することの申込を承諾したものとみなされるため、無期労働契約が成立することになるのです。
 無期転換後の労働条件は、原則として有期労働契約中の労働条件と同一のものとなります。いわゆる正社員の就業規則が適用されるかどうかも、具体的な事情によって決まってきます。ですから、無期転換後の労働条件を向上させるためには、別途交渉などが必要になります。

4)クーリング期間

 一の有期労働契約と次の有期労働契約の間に一定の長さのクーリング期間を置けば、契約期間が通算されない(つまりリセットされる)という取扱いが認められています。
 クーリング期間は、①原則として6カ月以上ですが、②契約期間が1年未満の場合は、当該期間の2分の1(契約期間が6カ月であれば3カ月)、③②の場合でも1月未満の端数がある場合には切り上げる(契約期間が3カ月の場合は2カ月)であることが必要だとされています。

3.無期転換ルールの本格運用を控えて

 このように、無期転換ルールは非正規労働者の雇用の安定を実現するという点で画期的な制度なのですが、このような制度の運用が本格化するということについては、労働者にも使用者にもまだまだ知られていないのです。そこで、様々な機会を通じて、無期転換ルールについて周知していくことが求められます。
 一方で、無期転換ルールの運用が本格化するのを控えて、これを回避するような対応も出てきています。例えば、東京大学では非正規教職員を雇止めすることを計画しているということが報道されました(朝日新聞2017年8月24日)。同様のことは、昨年東北大学でも報道され、私もラジオ番組のインタビューに答えたことを以前この欄で紹介しました。
 無期転換ルールの適用を回避するための雇止めとして、①当初から「契約の更新は4回まで、通算4月11カ月を超えないものとする」といった規程を設けていた場合や②6カ月更新を繰り返してきたが、10月の更新にあたって「次回以降は契約更新を行わない」旨の条項が契約書に盛り込まれた、といったケースが考えられます。②のケースの場合には、合理的な労働条件の変更といえるのかが問題となりますし、①のケースでもそもそも無期転換ルールの適用を免れるためのものであればこのような規定の有効性を問題にすることも考えられます。いずれにせよ、労働組合や労働問題に詳しい弁護士に相談することが必要です。

4.まとめ

 無期転換ルールは、濫用的な有期雇用の利用を抑止し、労働者の雇用の安定を図る制度であり、積極的に活用しましょう。ただし、無期転換ルールの適用を回避するための雇止めなども起きかねず、このような経験をした場合には専門家に相談しましょう。
 そして、非正規雇用労働者の保護のためには、入り口規制の実現、均等待遇の実現などを要求し続けることが大切であると思います。

 

【労働契約法】
(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
第十八条  同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
2  当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

(有期労働契約の更新等)
第十九条  有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一  当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二  当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

終活における遺言書のススメ

弁護士 中川亜美

今年のお盆はいかが過ごされましたか。今年も,帰省ラッシュやUターンタッシュで大変だった方,遠くにいる息子や娘の帰省に合わせて,好物をたくさんこしらえた方など様々にお過ごしになったと思います。

親戚や家族が集まりやすいこの時期,お盆のついでに葬儀場やお墓など,ご自身の「終活」を考えた方もいるのではないでしょうか。そこで,今回は,「遺言書のススメ」と題して,身内の紛争を回避する方法を御提案いたします。

さて,身内の相続問題で頭を抱えているというお話を聞いたことはありませんか。亡くなられた方が財産を残してくださったけれども,遺言書がないために,身内が揉めているという状況は,よくあります。この揉め事は,騒動の当事者には結構ストレスになり,最悪の場合,元々仲の良い家族でも,信頼関係が崩壊し,絶交状態になることもあります。そうなってしまった場合,とても寂しいですよね。

自分の財産のために自分の家族が争うことのないようにするために,一番簡単なのは,「遺言書を書くこと」です。自分で自分が亡くなった後の財産を誰が取得するかを決めておくのです。そうすれば,自分が亡くなった後に,どのように遺産を分けるかについての問題を少しでも回避できます。

ちなみに,自分に推定相続人がいない場合に,お世話になった人や親しい人に財産をあげたいなと思う場合にも遺言書は役に立ちます。

 

遺言書の書き方

1 遺言書の種類

遺言書の書き方は,法律上決まっており,法律に定められた方式によらなければ無効となってしまいます。

法律上認められている普通の方式の遺言書は,自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3つです(民法967条)。

① 自筆証書遺言は,読んで字のごとく,遺言者が遺言書の全文,日付,氏名を自書し,押印して作成するものです。

② 公正証書遺言は,公証人役場に赴き,証人2人の前で,公証人に遺言内容を口頭で述べる方法で作成するものです。公証人役場で行う手間や費用がかかりますが,形式面についての誤りを避けることができます。

③ 秘密証書遺言は,遺言内容を記載したもの(パソコンで作成し印刷したものでもOK)に遺言者が署名押印し,封じ緘した上で,遺言書に押印した印鑑で封印したものを,公証人役場で公証人及び証人2人の前に提出して,確かに自分の遺言書であることを述べ,遺言書が存在することを証明する手続をします。これは,遺言内容を秘密にしたいときに用いられますが,公証人役場で行う手間や費用がかかる上,今回テーマから外れますので,ここでは説明を省略します。

 

2 自筆証書遺言の書き方

それでは,今すぐ作成できる「自筆証書遺言」についてご説明いたします。

 

遺言書

私は,全財産を●●に相続させる。

〇〇県〇〇市〇〇番地〇〇マンション〇〇号室

                △△△△   ㊞   

簡単に書くと↑のようになりますが,今回は,あくまでも家族の紛争を回避するということが目的なので,もう少し内容を考えなくてはいけません。

例えば,子どもが複数いる場合に,遺言者の住んでいる不動産は長男に,もう一つもっている不動産は次男に,預貯金は全て長女に譲りたいだとか,遺言者の財産構成や家族構成によってあらゆるバリエーションが考えられます。

そして,配偶者や子どもなどの推定相続人にも,ニーズがあります。例えば,名古屋に住んでいる長男に,北海道の不動産をあげると言っても,長男も処分に困ってしまいますし,このような不動産の立地等についても不公平感を生ずる種になります。

このように,遺言者の希望がある一方で,それをもらい受ける方の希望もあります。本来,遺言書は,遺言者の意思を遺すものなので,相続人の希望を受け入れる必要はないのですが,家族が今後も仲良く暮らしていけるように環境を整えておくという意味では,相続人の希望もある程度配慮しておく必要があるでしょう。

そうすると,遺言書を書くにあたっても,配偶者や子どもたちなどと相談しておくということが重要となります。

 

さて,誰に何を譲るか決まったところで,いよいよ遺言書を作成することになります。作成には以下のことに注意しましょう。

 

① 誰もが読める字で書くこと

遺言書は,金融機関や法務局等相続手続を要する機関に提示されますので,誰もが読める字で書きましょう。

② 氏名を正確に書くこと

譲り受ける者を正確に特定するために,ニックネームや愛称を用いず,正確に氏名を書きましょう。続柄や誕生日,住所等も書くことができればベストです。

③ 遺言者一人に遺言書一つ

いくら夫婦の仲がよくても,2人以上の者が同一の遺言書に遺言をすることはできません。一緒に作成しても構いませんが,別々の遺言書を作りましょう。

④ 修正ペンは使わない

 記載内容を間違えて訂正する際,文字を追加する場合には,{(波カッコ)で挿入し,間違えた場合には,変更箇所に二重線を引き,その付近に訂正後の内容を追加し,二重線部分に押印をします。その上で,「本行〇字加入○字削除」ないし「〇〇記載部分を××に変更した」旨記載し,署名します。明らかな誤記の訂正については,遺言の効力に影響しませんが,記載内容の訂正について訂正方法に誤りがあると遺言が無効となる可能性があります。不安な場合には,書き直したほうがいいかもしれません。

⑤ 遺産の内容は正確に

遺産が正確に特定できないと,相続人に手間を掛けてしまう可能性があります。そのような自体を避けるために,不動産は登記の記載のとおり書き,預貯金は金融機関や種類,口座番号,有価証券は,銘柄や株式数を明記して,正確に特定しておきましょう。

 

遺言書を書き終えたら,保管をしましょう。厳重に保管しすぎて,相続人が遺言書を発見できないことには,ならないように注意しましょう。

 

3 遺言の撤回について

ところで,遺言はいつでも撤回できます。後々遺言書を改めて作成した際に,前の遺言書と新しい遺言書の内容が抵触する場合には,抵触する範囲で,前の遺言が撤回されたとみなされます(同法1023条)。また,遺言者が遺言書を故意に破棄した場合は撤回したものとみなされます(民法1024条)。そのため,完全に書き換えるには,遺言書を改めて作成し,前の遺言書を破棄する必要があります。

なお,遺言書を作成した後に,遺言書に記載されている財産を処分した場合には,その処分した財産についての遺言は撤回されたとみなされます(同1023条2項)ので,相続を待たずに生前贈与したというような場合には,特段遺言書を書き換える必要はありません。

 

おわりに

以上のように,自分が亡くなった後の家族内の紛争を少しでも回避するための方策として,遺言書についてご説明してきました。

もっとも,遺言書をしっかり書いた場合であっても,兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者,子,子が居ない場合の父母)については,遺留分が認められていますので,遺言書の内容が法定相続人の遺留分を侵害するものである場合には,侵害されている法定相続人は,遺留分減殺請求権を行使して,相当額の遺留分を受領することになります。

紙幅の関係上,遺留分の説明は別の機会に譲りますが,遺言書を書くに当たっては,遺留分についても配慮できると紛争の火種を一つ減らすことが出来るでしょう。

遺言は,15歳以上であれば,成年被後見人や死亡の危急に迫った方でも,一定の条件のもと行うことができます。

後のご家族の平穏のために,遺言書の作成について考えてみてはいかがですか。

夫の育児休暇について~体験をふまえて~

弁護士 倉知孝匡

なぜか書いている記事が動物やロボットばかりですが,今回は,夫の育児休暇についてです。

1 夫にも育児休暇が必要な理由

夫にも育児休暇は認められていますが,まだまだ育児休暇を取得する方は少ないようです。一方で,夫でも育児休暇を取得して,育児,そして家事をしている方もたしかにいます。
では,育児休暇がなぜできたのでしょうか。そもそも夫も育児休暇を取ることの必要性やメリットはどこにあるのでしょうか。まずは,これを見ていきたいと思います。なお,ここでの夫婦には,婚姻届を提出している夫婦だけでなく,婚姻届は提出していないけれども夫婦として生活しているカップルも含みます。

(1)出産によるダメージ

育児休暇には子どものためという面があるのは当然ですが,実は,出産をした妻のケアという面が非常に重要です。
出産時の極度の疲労,出産に伴った大量の出血,骨盤を始めとする骨格の急激な変化,ホルモンバランスの影響などによって体調を崩すなど,出産によって母体には大きなダメージがあります。
程度の差はあれど,出産前,ましてや妊娠前のように動けるようになるまでに回復するには時間を要します。
そのような状況の妻に家事や育児を担当させるのは体の回復を遅らせ,時には疾患につながることも考えられます。
そもそも,出産の痛みで悶え苦しんでいる姿を目の当たりにすると,出産後に夫が育児や家事を担当しないのは,まさに不公平な状況かと思います。
一方で,仕事で忙しいと育児や家事を十分に行うことはできません。そのため,夫も育休を取得して,育児や家事を行う必要があります。

(2)育児に追われると家事ができない

育児をしていると,夜中に何度も起きたり,授乳して「寝た」と思って布団に寝かせても,急に泣き出すなどということはしょっちゅうあり,結局四六時中赤ちゃんを抱いたりすることになります。
そんな状況なため,妻が家事を行うのは難しくなり,妻が担当する家事が溜まっていくだけでなく,夫婦ゲンカの元になったり,妻が精神的に追い込まれていく要因にもなります。
これを解決するには,夫が担当する家事を増やすか,夫も育児(授乳やオムツ替えだけでなく,病気やちょっとした体の異常への対応や調べ物なども)を行う必要があります。
育休があれば,こういった対応も十分に可能になります。

(3)気軽に相談したい

出産後に,子どもの体調の変化などについて不安に思うことがあっても,仕事で忙しいなどで気軽に夫に相談できないと,妻の不安が大きくなっていて精神的に追い込まれていってしまうことがあります。
育休を取得することで,相談しやすい環境を整え,問題の発生を未然に防ぐことができます。
また,夫も,育休を取得していると相談を受けるだけでなく,普段から妻の様子を見ることができるので,体調の変化や精神状況などにも気づきやすく,いきなり体調不良になったり,精神的に追い込まれてしまう前に対応できるということもあります。

(4)子どものことがよく分かる

そして,育休を取得することで,子どもの普段の様子がよく分かり,子どもの好みや癖などを知ることができるので,充実した育児にもつながります。

(5)まとめ

夫も育児休暇を取得することで,育児や家事をこなせ,妻の産後の回復に役立ったり,妻の精神的な安定につながったり,ひいては子どものためにもなります。何より,産後の夫の非協力が妻が離婚を考える理由になるケース(出産直後の離婚だけでなく,数十年後に問題になる場合も)があり,とても重要なことかと思います。

2 育児休暇制度について

それでは,夫の育児休暇制度について解説したいところですが,これだけでものすごく長くなってしまうので,またの機会とさせていただきます。

3 少しでも育児や家事に回せる時間を

育児休暇について法律で認められ,育休取得について不利益を与えることは禁止され,「イクメン」などの言葉が広まったといっても,「育児休暇を取るのは気が引ける」「そんな育児休暇を認めていたら会社が回らない」という意見があるかと思います。企業側(同僚も含む)の理解や後押しがないと,育児休暇を実際に取得するのはなかなか難しいのが現状かと思います。そこで,少しでも夫が育児や家事ができるように,企業側ができる工夫をお話したいと思います。

(1)休暇を増やす・勤務時間の短縮

まず,完全な育児休暇となるとなかなか難しいのであれば,一月や二月などに限定して勤務を週4日や3日にするといった方法も考えられます。これであれば,勤務を続けたままですので,人員不足の問題も抑えられます。
また,一定期間だけ勤務時間を10時から16時などの時短勤務にして,朝と夕方に育児や家事をする時間を設ける方法もあります。なお,この時短勤務については,法律でも規定されています。
さらに,この二つを組み合わせて,1ヶ月は勤務日を3日にして,2ヶ月目からは時短勤務にするということも考えられます。
完全な育児休暇の導入は難しいとしても,勤務日数や時間を短くして,育児や家事に回せる時間を認めることであれば実現しやすいかと思います。

(2)自宅勤務

他にも,自宅勤務を導入する方法があります。
この場合も,全ての勤務を自宅勤務にするだけでなく,週の1日を自宅勤務にする方法もあります。
ただ,現場での仕事などでは自宅勤務はできませんし,また,情報漏洩の問題を含めセキュリティ対策の面からは,慎重な対応が必要となります。
参考までに,僕が行っているのは,週2回を自宅勤務にして,妻が料理などの家事をしている間に子どもを抱っこしたりあやしたりしています。
これだけでも,妻が落ち着いて料理ができたり,家事をすることができます。また,妻の体調が優れない時には,妻が休む時間を確保できます。緊急の対応が必要な案件があると,どうしても自宅勤務が難しいこともあるので,常にとはいきません。
ちなみに,自宅勤務でないときも,僕の担当(共同のも含む)は,オムツ替え,食器洗い,オムツや子どもの服の洗濯,お風呂入れです。

4 スムーズな家事や育児

育児や家事に使える時間を増やすことも重要ですが,育児や家事を効率よく行うことも家事や育児の負担を減らすためには重要かと思います。

(1)役割をよく話し合う

効率よく家事や育児を行うには,まず,出産の前から役割分担について夫婦や同居の家族と話し合うことが重要です。
行き当たりバッタリでは,何をしていいのか分からず右往左往し,時にケンカとなって無駄に時間を使ってしまいます。
また,妻の側も,しっかりと要望を伝えないと夫は気づきません。家事をやる夫にしろ,家事をやらない夫にしろ,妻が感じる妊娠や出産に伴って生じる変化について,夫には分からないことがたくさんあったります。言わなくても分かってくれるは「厳禁」です。
妊娠前から,出産前から,妊娠・出産で動けなくなる可能性や精神的な変化(落ち込む,怒りやすくなる,子ども中心になる)可能性などを説明し,「こうして欲しい」という要望を伝えて,役割分担をしておくと,夫も予測した上で行動できるので,スムーズにいきます。
もちろん,それぞれの家庭における環境,経済状況,性格などによって対応は千差万別ですが,役割について話し合うのは非常に重要なことです。

(2)効率的な作業動線の確保

次に,家事や育児について効率的な作業動線を確保することが重要です。
オムツを替えるといっても,オムツをいちいち探しに行ったり,おしりふきとオムツが別々の所にあっては,無駄に時間を使うだけです。
たとえば,オムツ替えを行う場所から近い定位置にオムツをストックし,おしりふきや(着替えが必要な場合に備えて)着替えを分類のうえ集約し,オムツ廃棄専用のゴミ箱を用意すると,すぐに作業が出来て,無駄もありません。
どのような方法が効率的かは,間取りや育児の方法(母乳かミルクか,布オムツか紙おむつかなど)でも変わってきます。
ちなみに,僕の所は,母乳と布オムツなので,毎日布オムツを洗濯する必要があります。それなりに手間がかかるので,作業動線を確保するように工夫しています。たとえば,洗濯機の近くに洗浄と浸け置き用のバケツを並べています。こうすると,布オムツを簡単に洗浄した流れで浸け置きができ,また,浸け置きした布オムツをすぐに洗濯機に入れられます。他にも,物干しにパラソル型のものを使うことで,布オムツを引っかけるだけで干すことができ,作業工数を少なくしたり,洗濯ネットなどであらかじめ分類(形成オムツとうんち用ネット,子供服,ガーゼなどに分類)しておくことで,効率的に作業ができます。

(3)無理をしない

もう一つ重要なのが,育児も家事も無理をしないということです。
想像以上に育児は重労働だったり,慣れない家事をする人だと上手くいかないことも多いと思います。
無理をして倒れてしまったり,上手くいかずに夫婦ゲンカになっては,夫婦にとっても子どもにとっても良くありません。
責任感が強い人ほど,どうしても頑張ってしまったりしがちですが,根気よく続けて行くには,無理をせず,楽をすることも大切です。

大垣警察市民監視事件と共謀罪

1.大垣警察市民監視事件とは?

 2017年5月21日(日)、私が支部長を務めている日本国民救援会中村支部の支部大会に参加してきました。
国民救援会は、1928年に創立された国内でもっとも長い歴史をもつ人権団体であり、日本国憲法と世界人権宣言を羅針盤に、冤罪事件、労働事件などを通じて、様々な人権侵害と闘ってきた団体です。
 昨年5月22日に名古屋市中村区に国民救援会の支部である「中村支部」が誕生しましたが、今回は、その中村支部の第2回目の支部大会でした。

 支部大会に先だって、当事務所の樽井直樹弁護士による「大垣警察市民監視事件」についての講演が行われました。
 「大垣警察市民監視事件」とは、次のような事件です。
 2005年頃から、岐阜県大垣市上石津町と不破郡関ヶ原町に連なる山の尾根に巨大な風力発電施設の建設計画が進められていました。
 地元の住民の方々は、環境破壊や風力発電によって発生する低周波による健康被害などについて不安を感じ、勉強会を行っていました。
 すると、大垣警察署が、勉強会を開いた地元住民2人と脱原発活動や平和活動をしていた大垣市民2人の「氏名」、「学歴」、「職歴」、「病歴」などの個人情報、地域の様々な運動の中心的役割を担っている法律事務所に関する情報を事業者に提供していたことが発覚しました。
 警察は、市民の情報を収集し、事業者に個人情報を提供することが、治安維持の観点から必要であり、このようなことは通常の警察業務なのだと主張しています。
 その後、個人情報を提供された住民の方々が原告となって、大垣警察署員の行為の違憲性、違法性を問う国家賠償請求訴訟を提起し、現在も裁判が続いています。樽井弁護士は、この訴訟の原告代理人を務めています。

2.「共謀罪」の危険性

 ところで、現在(2017年5月27日現在)、国会において、いわゆる共謀罪(「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」の改定案)の審議が行われています。
 共謀罪は、刑法に規定された犯罪の結果を発生させる現実的な危険性を有する行為(「実行行為」といいます。)はもちろん、そのような現実的な危険性を有する行為の着手までに至らない、軽度の危険性を有する準備行為(「予備行為」といいます。)ですらない「計画」を犯罪として処罰しようとするものです。
 このような「計画」が行われていることは、外からは見えにくいものです。
 したがって、捜査機関が、このような「計画」を取り締まるためには、これまで以上に、盗聴・おとり捜査などを用いて、捜査機関が「危険」と考える人物や団体を日常的に監視することが必要になると思われます。
 なお、共謀罪として処罰するためには、犯罪の「計画」に基づいた「準備行為」を行ったことが必要とされています。しかし、この「準備行為」は、上記の「予備行為」とは異なり、軽度の危険性すらない、極めて日常的な行為も含まれます。たとえば、ATMで預金を引き出す行為などです。このような行為が、何ら犯罪とは関係のない日常的な行為として行われたのか、それとも、犯罪の「計画」に基づいてなされたのかを判断するためには、結局のところ、目に見えにくい「計画」の存在、及び、その内容を明らかにする必要があります。したがって、「計画」に加えて、「準備行為」を行ったことが必要だとしても、そのことによって、捜査機関による日常的な監視がなされる危険性を減少させるものではないと考えられます。

3.共謀罪成立により監視社会が到来する

 実は、このようなことは、共謀罪が成立していない現在においても行われています。
 皆さんもお気づきだと思いますが、まさに、前に述べた「大垣警察市民監視事件」は、捜査機関が「危険」と考える人物や団体を日常的に監視していたことが問題となった事件です。
 このように、共謀罪が成立していない現在においても、捜査機関による「通常の業務」として、一般の市民を監視する行為が行われているのですから、共謀罪が成立した場合には、さらなる監視社会が到来することは、ほぼ確実だといえるでしょう。

4.共謀罪に反対の声を上げよう

 「大垣警察市民監視事件」の講演においては、この事件の当事者であり、訴訟の原告の一人でもある方(真宗大谷派の住職をなされている方です。)にもお話いただきました。
 そのお話の中の「仏教において、監視され、管理され、主体性を奪われたあり方を『畜生』といいます。」という言葉がとても印象に残っています。
この国が、国民に対して「畜生」の生き方を強要するような国にならないよう、「畜生」の生き方を強要するような内容の法案に対しては、最後まで反対の声を上げ続けなければならないと思っています。
 私が所属する愛知県弁護士会も共謀罪の制定に反対しています。
 2017年5月27日(土)には、愛知県弁護士会が主催する共謀罪廃案を求める集会・パレードに参加しました。
 このように、出来ることから一歩ずつやって行きたいと思います。

国立公文書館特別展「誕生 日本国憲法」のご紹介

弁護士 樽井直樹

 南スーダンに派遣された陸上自衛隊の日報問題や森友疑惑をめぐる財務省の対応や加計学園に関する問題を見ると、行政機関での公文書のずさんな取扱いが分かります。公文書の収集、保存、活用において重要な役割を果たすのが国立公文書館です。
その国立公文書館では歴史的な文書の展示も行っています。この春は日本国憲法施行70年を控えて「誕生 日本国憲法」という特別展示がされていました。この展示を見てきましたので、ご紹介します。

 

1 敗戦から「憲法改正」案の作成まで

 日本国憲法が連合国(実質的にはアメリカ)による占領中に制定されたことから、日本国憲法の成立に連合国軍最高司令官司令部(GHQ)の強い関与があったことは従来からも明らかにされています。そのことを捉えて、日本国憲法は「押しつけ憲法だ」として、改憲論の根拠とする言説も根強く存在します。
今回展示された資料からは、敗戦を受けても政府内部では大日本帝国憲法(明治憲法)の改正を不要とする意見や改正をするとしても最小限にとどめ解釈で対応するという見解が多数を占めていたことが分かります(「「ポツダム」宣言受諾にともなう各省実行計画」(昭和20年9月11日)や法制局書記官が作成した「終戦と憲法」(昭和20年9月18日))。そのような流れの受け、旧態依然とした憲法観しか示せなかった政府の憲法問題調査委員会の改憲草案(松本試案)が明らかになった(昭和21年2月)ことから、危機感を抱いたGHQが、憲法問題に積極的に関与するようになったことが浮かび上がります。
政府の対応は旧態依然としたものでしたが、民間人はそうではありません。映画「日本の青空」でも知られる憲法研究会の活動は有名ですが、その「憲法草案要綱」(昭和20年12月26日)はGHQにも影響を与えたといわれています。憲法研究会は憲法草案要綱を首相官邸に持参し提出しています。そのときに出された杉森孝二郎鈴木安蔵の名刺を添付した憲法草案要綱が展示されていました。


GHQの「憲法草案」(昭和21年2月13日)が示され、閣議に日本語訳が提出されました(昭和21年2月26日)。政府はGHQ案をもとに憲法改正を検討するしかないことを受け入れ、「憲法改正草案要綱」(昭和21年3月6日)が発表されます(日本国憲法は実質的には新しい憲法を制定したものですが、形式的には明治憲法の改正という形を取りました。この稿で「憲法改正」という場合、「日本国憲法の制定は明治憲法の改正という形式を取った」という意味で使っています。)。
この要綱が発表されたことから、憲法についての活発な議論が巻き起こります。いくつか興味深い資料を見ることができました。

  1. まず、憲法改正手続きをどのように進めていくかという点について、明治憲法の憲法改正手続に関する部分及び枢密院・貴族院に関する部分のみをまず改正し、その後、改めて憲法制定のための「制憲議会」を招集し憲法改正案を提出するという案が検討されていたこと(昭和21年3月。結局は、「あまりに理想的であり、理論的に過ぎ」るとして退けられた。)。
  2. また、後に憲法担当の国務大臣として活躍する金森徳次郎(戦前に法制局長官を務め天皇機関説により下野した)が、草案の「主権所在の問題」についてかつて自らも批判された天皇機関説を採用したものという論説を発表し(昭和21年3月9日)、これに注目した政府が金森を内閣嘱託として迎え入れ、憲法制定に関与させるようになったこと。
  3. さらに、内閣審議室世論調査班が憲法改正草案に対する意見の投書(いまでいうパブリックコメント)をまとめたものを作成しており、この中では形式面で「用語の平明化」を希望するものが「極めて多い」とされ(このことが日本国憲法ではじめて、法文にひらがな表記が採用されたことにつながったのでしょう)、「戦争放棄」に関して「戦争放棄には賛成なるも軍備撤廃に関しては国民的不安の感情を有するやに見受けられ、又明文にて規定する要なしとするもの知識階級に相当数見受けらる」との記述が目を引きます。

2 帝国議会での審議に向けて

 戦後初めての衆議院総選挙は昭和21年4月10日に行われました(女性の参政権を認め、選挙権を20歳に引き下げる衆議院議員選挙法の改正は昭和20年12月に行われていました)。この議会で明治憲法の「改正」という形式で日本国憲法の制定が議論されることになります。5月には吉田内閣が発足し、金森は憲法担当の国務大臣として入閣します。
金森は、法制局とともに、制憲議会での争点問答を準備します(「憲法改正草案に関する想定問答」(昭和22年4月))。例えば「今回の改正で国体に変革を来したか」という論点について答弁を用意しています。「国体護持」を掲げる保守派に配慮しつつ、旧態依然とした国体論を振りかざすわけには行かないという中で、「国体とは法律的制度の根底となっている国家の個性特色で・・・わが国にあっては万世一系の天皇が常に国民生活の中心にましましてきた国柄をいう〔が〕・・・それは必ずしも天皇が広範な政治上の権力を有されることを意味しない・・・新憲法の第1条は国民生活の中心的存在としての天皇の地位を明確に宣言したもの〔であって〕・・・ここに国体は護持されているとみるべきである」と象徴天皇制と国体を結びつけることで国体護持論を唱えます。同時に「国体に変革なしとする説明が海外に反動的印象を与え、不測の反響をもたらさないやう答弁に際し慎重なるを要する」との注意書きをかかげています。
憲法改正案は議会での集中的な審議、衆議院、貴族院でのそれぞれの修正を踏まえ議決され、枢密院でも可決、昭和21年11月3日に交付されました。

3 憲法の普及

 憲法公布後、憲法の普及活動が始まります。
11月3日、日本国憲法公布式典で昭和天皇は「勅語」を「下し」ました。勅語では、「日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に正義と秩序を基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基づいて国政を運営することをここに明らかに定めた」とし、「朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任を重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ」と述べています。大変立派な「勅語」です。「このような勅語を是非学校で教えて欲しい」といった議論が巻き起こらないのは、勅語をありがたがったり、押しつけたりすることが、憲法的ではないからです。
さて、帝国議会は、新憲法の普及徹底のため1年の期限付きで帝国議会内に「憲法普及会」を設けます(昭和21年12月1日)。憲法普及会は中央官庁職員に新憲法の精神を徹底させるための憲法普及特別講習会を開催したりします。その講義録が「新憲法講話」として出版されています(昭和22年7月)。目次を見ると「第1講 新憲法大観 金森徳次郎」「第2講 新憲法と教育 芦田均」「第3講 戦争放棄 横田喜三郎」「第4講 基本的人権 鈴木安蔵」「第5講 家族制度と婦人 我妻栄」「第6講 国会と内閣 宮沢俊義」「第7講 司法、地方自治 田中二郎」「第8講 新憲法と社会主義-私有財産及労働権 森戸辰男」「第9講 政治思想 堀真琴」と保守派から学界のリーダー、左派知識人まで錚々たる講師がそろっています。
憲法普及活動といえば文部省が副教材として作成した「あたらしい憲法のはなし」(昭和22年8月)が有名ですが、憲法普及会も「新しい憲法 明るい生活」という小冊子を2000万部発行し、各戸配布をしたようです。「もう戦争はしない」という項では、日本国憲法の平和主義について、見事な説明がなされています。
「私たち日本国民はもう二度と再び戦争をしないと誓った。これは新憲法の大きな特色であって、これほどはっきり平和主義を明らかにした憲法は世界にもその例がない。私たちは戦争のない、ほんとうに平和な世界をつくりたい。このために私たちはこのために私たちは陸海空軍などをふりすてて、全くはだか身となって平和を守ることを世界に向かって約束したのである」。この徹底した平和主義の趣旨について「わが国の歴史をふりかえってみると、いままでの日本は武力によって国家の運命をのばそうという誤った道にふみ迷ってゐた。殊に近年は政治の実権を握っていた者たちが、この目的を達するために国民生活を犠牲にして軍備を大きくし、ついに太平洋戦争のような無謀な戦いをいどんだ。その結果は世界の平和と文化を破壊するのみであった。しかし太平洋戦争の敗戦は私たちを正しい道へ案内してくれる機会となったのである」と説明します。さらに、「新憲法ですべての軍備を自らふりすてた日本は今後「もう戦争をしない」と誓うばかりではたりない。進んで芸術や科学や平和産業などによって、文化国家として世界の一等国になるように努めなければならない。それが私たち国民の持つ大きな義務であり、心からの希望である」と「積極的平和」概念につながる考えを示しています。そして、この項目は次のように締めくくられています。「世界のすべての国民は平和を愛し、二度と戦争の起こらぬことを望んでいる。私たちは世界にさきがけて「戦争をしない」という大きな理想をかかげ、これを忠実に実行するとともに「戦争のない世界」をつくり上げるために、あらゆる努力を捧げよう。これこそ新日本の理想であり、私たちの誓いでなければならない」。
憲法普及会が当初の予定どおり1年間で任務を終えたあと、昭和23年6月に憲法普及協会が発足し、その後6年間活動を続けたそうです。

 日本国憲法の制定過程にGHQが深く関与したことは事実でしょう。しかし、そのことが直ちに「憲法が押しつけられた」ことを意味するわけではありません。今回の展示を見て、改めて日本国憲法は真剣な議論を踏まえて制定され、その内容を国民が支持し、血肉化してきたのだということを改めて感じることができました。押しつけられたのは明治憲法の価値観に凝り固まっていた当時の支配層であっても、国民ではなかったのです。
この展覧会の図録は500円で販売されています。

名古屋大学平和憲章制定運動を振り返って

弁護士 樽井直樹

30年前の1987年2月5日、名古屋大学で戦争目的の学問研究は行わないことを誓った名古屋大学平和憲章を制定する宣言をする集会が行われました。30周年を記念して、名古屋大学平和憲章委員会が2月4日に記念企画「平和を願うリレートーク」を開催しました。当時、名古屋大学の学生として制定運動にかかわっていた私もお招きをいただきましたので、当日お話しした内容の要旨を掲載します。

私は、1985年に名古屋大学に入学しました。85年12月から当時の教養部学生自治会常任委員になり、87年2月の名古屋大学平和憲章制定集会までの間、教養部学生自治会の執行部の一員として平和憲章制定実行委員会に参加していました。
平和憲章制定運動に学生としてかかわった1人として、当時の思い出と、今の思いについてお話しさせていただきます。

1 時代背景について

平和憲章制定運動が展開されていた85年から87年にかけての時代背景について簡単に振り返りたいと思います。

①まず、当時は、第2次世界大戦後40年にわたって続いていた東西冷戦体制の下で、地球を壊滅させるような全面的な核戦争の危険についての危機意識が共有されていたことです。日本の原水爆禁止運動だけではなく、欧米でも80年代前半から反核運動が盛り上がっていました。
また、86年のチェルノブイリ原発事故も、核に対する危機意識を高めました。
特に、アメリカのレーガン政権がスターウォーズ構想といわれたSDI構想を推進しようとしていたことは、科学者の危機感を高めたと思います。

②次に、当時の日本では中曽根康弘首相の長期政権が続いていました。中曽根氏は自民党の右派の潮流を代表する政治家で「戦後政治の総決算」を掲げており、日本国憲法を占領軍による押しつけ憲法であるとして改憲に執念を燃やす政治家でした。中曽根政権の下で、政党法案やスパイ防止法(国家機密法)案が国会に提出されるなど、戦後の日本の民主的な政治体制と相容れない政策が追求されようとしていました。

③また、中曽根内閣の下で「臨調行革」といわれた行政改革、「臨教審」による教育改革が進められていました。
これらの「改革」は、現在から見れば新自由主義的な政策を展開する最初の動きになったと評価できるものですが、大学を含む高等教育機関についても、大きく位置づけが変えられようとしていました。

2 平和憲章制定運動のスタート

平和憲章は、このような状況下で、81年に教養部の教官が学生に対して「若い諸君に訴える」を発表、教養部の学生自治会が「名大平和憲章の制定」を提唱するという流れを受け、85年12月に名大職組、院生協議会、学生自治会、名大生協が中心となって名大平和憲章制定実行委員会を結成し、本格的に平和憲章制定運動がスタートしたのです。

3 平和憲章の草案作成

制定運動を始めてまず最初に直面したのは平和憲章のイメージでした。
私を含めて少なからぬ人は、平和憲章は最終的には評議会など大学の公式の機関で確認されるものの制定を目指すというイメージを持っていたと思います。しかし、最終的には教職員、院生、学生、生協職員など大学の構成員の総意として確認するものというイメージが確認されるようになりました。これは、当時の状況下での大学のあり方の模索という意味を持っていたと思います。
そして、平和憲章については草案を作成して、徹底的な全学討論を行おうという方向も決まりました。これは学生にとっては経験をしたこともない、かなり刺激的な方針でした。

4 産学協同と軍学共同

平和憲章の第1次案は86年6月に発表されました。
第1次案を受けて、様々な討論会や学習会がもたれました。教養部でも、学生自治会が何度が学習会を組織しました。
第1次案時代の議論で記憶に残っているのは「産学協同」をめぐる議論でした。私たち文系(学生だけでなく)の人間は、産学協同は学問の自主性を損なうという危惧を前提としていたと思います。他方、産業界との共同研究の実績を持つ理系の研究者からは、産学協同を罪悪視する見方は受け入れがたいものだったようです。そのため、第1次案では2項として積極的に産業界などと協力していくことを謳い、3項で軍学共同には絶対に反対するということが盛り込まれるという構造でした。
教養部の学生の議論の中で、産学協同を積極的に位置づけるのであれば、2項と3項を入れ替えるべきだ、という提案が出されたことを鮮明に覚えています。
結果的には、最終的に確認された平和憲章は2項と3項が第1次案と入れ替わっており、学生の議論もなかなか中身があるものであったと思います。

5 平和憲章の批准運動と学費値上げ反対闘争

平和憲章の制定は、当時の名古屋大学の構成員の過半数を超える批准署名を積み重ねることで、構成員の総意として確認するという方向が確認されました。
平和憲章の最終案が確定したのが86年11月、それから3カ月の期間をもって批准運動が始まりました。批准運動の中では、学生の動向に注意が払われました。当時の名大の構成員は、教職員が4000名ほど、院生が2000名、学生は8000名ほどだったと思います。学生の中で過半数に近い署名が集められるか。特に教養部の学生が約3700名を占めていたので、教養部の責任は極めて重いことになります。
ところが、平和憲章の批准運動が始まるのとほぼ同時期に、国立大学の学費値上げ計画が明らかになり、全国一斉ストライキを含む学費値上げ反対運動が提起され、学生自治会はストライキ運動にも取り組むことになりました。
平和運動制定実行委員会からは、批准運動への力が削がれることへの懸念が出されたと思いますが、結果的には学費値上げ反対闘争に全力を挙げて取り組み、その後批准運動を進めるということはよかったと思います。国立大学の学費値上げは、「受益者負担」という考えを推しだしたものであり、大学のあり方を変えるという点で平和憲章を制定する必要があるという判断と根底で共通するものでしたし、学生にとっては本当に全学生を対象とした運動に取り組むという経験を持ったことが批准運動の力になったと思います。
同時に、平和憲章に署名するというのは、一人一人の学生にとっては、ハードルの高い判断を迫るものでした。署名するかどうかを本当に悩み、よく考えて、署名しないことにしたという学生もいました。
教養部の批准率は40%くらいでした。過半数に達しなかったことに残念さはありましたが、重みのある40%だったなというのが率直な感想でした。

6 30年後の今・・・

平和憲章の制定から30年が経ちました。30年前を振り返ることは必要ですが、懐かしんでいる場合ではありません。
研究予算が抑えられる中で、防衛省の研究開発費が増額されています。軍学共同に道を開きかねない議論が学術会議で行われています。一方軍事研究には手を染めないということを表明する大学も現れています。平和憲章で議論した内容は、極めて今日的でヴィヴィッドな内容です。
軍学共同を推進することの障害を除去しようというのは、現在様々な分野で起こっている事態、つまり「戦争ができる国づくり」をめざし、そのための障害を取り除こうという動きと軌を一にしています。
私は大学人ではなく、研究者でもありませんが、弁護士という大学で学んだことを踏まえて専門職として働く者として、30年前、平和憲章制定運動に参加し、学んだことは、私にとっての指針でもあり続けています。
弁護士として、原爆症認定問題に一貫して取り組んできました。被爆の実相に学び、核兵器の使用を絶対に許さず、核兵器を廃絶するというのは、日本の平和運動の大きな特色です。今も続く原爆被害の実態を明らかにし、被害を矮小化する日本政府と闘いながら被爆者の救済を広げていくという活動の、原動力を与えてくれたのが平和憲章制定運動です。
また、平和憲章制定運動の過程で、平和の概念について学んだことも大きなことでした。「平和とは、単に戦争のない状況をいう」という消極的平和概念に対し、「平和とは、単に戦争のない状況にとどまらず、貧困や抑圧、環境破壊など構造的な暴力のない状況」を意味する積極的平和という概念を学びました。安倍内閣の下で唱えられている「積極的平和主義」とは全く異なる思想ですが、貧困や格差が拡大する日本社会において、平和を考えるうえで、構造的暴力や暴力を容認する文化との闘いを重視する積極的平和という概念は極めて重要です。

30年前、冷戦構造下での全面的核戦争の危機、中曽根内閣の下での憲法破壊の危機、臨調・臨教審路線による大学の危機、といった状況と比較すると、今日の状況は極めて深刻なものです。
私たちは平和憲章を「生きて働く規範」として確認しました。
名大平和憲章は過去のエピソードではなく、時の権力や権威によって平和や民主主義が脅かされようとするときに、平和憲章に参加した経験を持つものがこれと闘うための拠り所となり、また新たな拠り所を作る動きを生み出す力になるものと信じています。

名古屋大学平和憲章(全文)

わが国は、軍国主義とファシズムによる侵略戦争への反省と、ヒロシマ・ナガサキの原爆被害をはじめとする悲惨な体験から、戦争と戦力を放棄し、平和のうちに生存する権利を確認して、日本国憲法を制定した。
わが国の大学は、過去の侵略戦争において、戦争を科学的な見地から批判し続けることができなかった。むしろ大学は、戦争を肯定する学問を生みだし、軍事技術の開発にも深くかかわり、さらに、多くの学生を戦場に送りだした。こうした過去への反省から、戦後、大学は、「真理と平和を希求する人間の育成」を教育の基本とし、戦争遂行に加担するというあやまちを二度とくりかえさない決意をかためてきた。
しかし、今日、核軍拡競争は際限なく続けられ、核戦争の危険性が一層高まり、その結果、人類は共滅の危機を迎えている。核兵器をはじめとする非人道的兵器のすみやかな廃絶と全般的な軍縮の推進は、人類共通の課題である。
加えて、節度を欠いた生産活動によって資源が浪費され、地球的規模での環境破壊や資源の涸渇が問題となっている。しかも、この地球上において、いまなお多くの人々が深刻な飢餓と貧困にさらされており、地域的および社会的不平等も拡大している。「物質的な豊かさ」をそなえるようになったわが国でも、その反面の「心の貧しさ」に深い自戒と反省がせまられている。戦争のない、物質的にも精神的にも豊かで平和な社会の建設が、切に求められている。
今、人類がみずからの生みだしたものによって絶滅するかもしれないという危機的状況に直面して、われわれ大学人は、過去への反省をもふまえて、いったい何をなすべきか、何をしうるか、鋭く問われている。
大学は、政治的権力や世俗的権威から独立して、人類の立場において学問に専心し、人間の精神と英知をになうことによってこそ、最高の学府をもってみずからを任じることができよう。人間を生かし、その未来をひらく可能性が、人間の精神と英知に求められるとすれば、大学は、平和の創造の場として、また人類の未来をきりひらく場として、その任務をすすんで負わなければならない。
われわれは、世界の平和と人類の福祉を志向する学問研究に従い、主体的に学び、平和な社会の建設に貢献する有能な働き手となることをめざす。
名古屋大学は、自由濶達で清新な学風、大学の管理運営への全構成員の自覚的参加と自治、各学問分野の協力と調和ある発展への志向という誇るべき伝統を築いてきた。このようなすぐれた伝統を継承し、発展させるとともに、大学の社会的責任を深く自覚し、平和の創造に貢献する大学をめざして、ここに名古屋大学平和憲章を全構成員の名において制定する。

  • 一.  平和とは何か、戦争とは何かを、自主的で創造的な学問研究によって科学的に明らかにし、諸科学の調和ある発達と学際的な協力を通じて、平和な未来を建設する方途をみいだすよう努める。
    その成果の上に立ち、平和学の開講をはじめ、一般教育と専門教育の両面において平和教育の充実をはかる。
    平和に貢献する学問研究と教育をすすめる大学にふさわしい条件を全構成員が共同して充実させ、発展させる。
  • 二. 大学は、戦争に加担するというあやまちを二度とくりかえしてはならない。われわれは、いかなる理由であれ、戦争を目的とする学問研究と教育には従わない。
    そのために、国の内外を問わず、軍関係機関およびこれら機関に所属する者との共同研究をおこなわず、これら機関からの研究資金を受け入れない。また軍関係機関に所属する者の教育はおこなわない。
  • 三. 大学における学問研究は、人間の尊厳が保障される平和で豊かな社会の建設に寄与しなければならない。そのためには、他大学、他の研究機関、行政機関、産業界、地域社会、国際社会など社会を構成する広範な分野との有効な協力が必要である。
    学問研究は、ときの権力や特殊利益の圧力によって曲げられてはならない。社会との協力が平和に寄与するものとなるために、われわれは、研究の自主性を尊重し、学問研究をその内的必然性にもとづいておこなう。学問研究の成果が人類社会全体のものとして正しく利用されるようにするため、学問研究と教育をそのあらゆる段階で公開する。
    社会との協力にあたり、大学人の社会的責任の自覚に立ち、各層の相互批判を保障し、学問研究の民主的な体制を形成する。
  • 四. われわれは、平和を希求する広範な人々と共同し、大学人の社会的責務を果たす。
    平和のための研究および教育の成果を広く社会に還元することに努める。そして、国民と地域住民の期待に積極的に応えることによって、その研究および教育をさらに発展させる。
    科学の国際性を重んじ、平和の実現を求める世界の大学人や広範な人々との交流に努め、国際的な相互理解を深めることを通じて、世界の平和の確立に寄与する。
  • 五. この憲章の理念と目標を達成するためには、大学を構成する各層が、それぞれ固有の権利と役割にもとづいて大学自治の形成に寄与するという全構成員自治の原則が不可欠である。われわれは、全構成員自治の原則と諸制度をさらに充実させ、発展させる。

われわれは、この憲章を、学問研究および教育をはじめとするあらゆる営みの生きてはたらく規範として確認する。そして、これを誠実に実行することを誓う。

(1987年2月5日 名古屋大学豊田講堂にて制定宣言)

シンポジウム「訴訟の場で生物多様性を主流化する」 ~身近な自然を裁判で守る~

弁護士 中川亜美

 愛知県弁護士会主催シンポジウムのご案内です。

理不尽な開発などのよって破壊されていく豊かな自然。手をこまねいているだけではいけません。愛知県弁護士会では、訴訟を通じて自然破壊を阻止するための方法を考えるシンポジウムを開催します。

当事務所の樽井弁護士が第2部のコーディネーターを務めます。是非ご参加ください。

 

 

「訴訟の場で生物多様性を主流化する」

~身近な自然を裁判で守る~

私たちの周りの「身近な自然」が理不尽な開発等により破壊されることに対して、生物多様性基本法などを手がかりに、訴訟を通じて阻止するための方法を考えます。

詳しくはこちらシンポジウム「生物多様性を主流化する」

【日時】

2017年2月18日(土)13時00分~17時00分

※どなたでも参加でき,入場無料、事前申込不要です。

ただし、定員150名に達し次第締切ります。

【場所】

愛知県弁護士会館 5階ホール

名古屋市中区三の丸1-4-2

  •  地下鉄「丸の内」駅1番出口より徒歩5分
  •  地下鉄「市役所」駅6番出口より徒歩7分

【内容】

<第1部>

① 事例報告(40分)

  •  平針里山の宅地開発許可取消請求訴訟

報告者 小島智史氏 (愛知県弁護士会所属弁護士)

  •  尾鷲市砕石認可訴訟

報告者 中倉秀一氏 (愛知県弁護士会所属弁護士)

  •  泡瀬干潟埋立工事公金支出差止訴訟

報告者 原田彰好氏 (愛知県弁護士会所属弁護士)

  •  出し平ダム排砂差止等訴訟

報告者 坂本義夫氏 (富山県弁護士会所属弁護士)

② 基調講演(60分)

「自然保護訴訟から生態系サービス訴訟へ」

及川敬貴氏 (横浜国立大学大学院環境情報研究院教授)

 

<第2部>

パネルディスカッション(90分)

基調報告と事例報告をふまえて、開発行為から身近な自然を守るための、今後のあるべき訴訟のあり方について検討する。

―パネリスト

  •  及川敬貴氏(横浜国立大学教授 ~環境法・環境政策および行政過程論を専攻)
  •  市川守弘氏(札幌弁護士会所属弁護士 ~沖縄命の森やんばる訴訟弁護団等を担当)
  •  小倉孝之氏(神奈川県弁護士会所属弁護士 ~北川湿地事件住民側弁護士等を担当)

―コーディネーター

  •  樽井直樹氏(愛知県弁護士会所属弁護士)

なお、来場者の方からの質疑応答の時間も予定しております。

 

◇主 催:愛知県弁護士会 ◇共 催:中部弁護士会連合会

※お問合わせ先:愛知県弁護士会

〒460-0001

名古屋市中区三の丸一丁目4番2号

電 話:052-203-1651

FAX:052-204-1690

警察の監視活動はどこまで許されるか~大垣警察市民監視事件提訴~

弁護士 樽井直樹

警察による市民監視

2014年7月24日に朝日新聞が「岐阜県警が個人情報を漏洩」との記事を掲載し、「岐阜県大垣市での風力発電施設建設をめぐり,同県大垣署が事業者の中部電力子会社に、反対住民の過去の活動や関係のない市民活動家、法律事務所の実名を挙げ、連携を警戒するよう助言したうえ、学歴、または病歴、年齢など計6人の個人情報を漏らしていた」と報道しました。

今、日本社会では、警察や自衛隊など公権力による一般市民の監視(犯罪を犯したという嫌疑で捜査をするのではない,幅広い情報収集活動)が行われています。ムスリム監視捜査事件では、警察がムスリムを対象とした大規模な監視を行っていたことが、警察の内部資料がインターネットを通じて流出して明らかになりました。自衛隊情報監視隊による市民のイラク派遣反対運動、地方議会の動向、マスコミの取材活動を詳細に記載した内部文書が明らかになり、自衛隊による市民監視が継続的に行われてきたことも知られるようになりました。

朝日新聞の報道によって明らかになった大垣警察の情報収集活動、提供行為については、情報を収集された市民が、中部電力の子会社に対して証拠保全手続を行い、大垣警察との協議内容を記録した文書を入手しています。そこには、警察が、一私企業の環境破壊をもたらす可能性のある事業活動に関して反対運動が起こることを危惧・警戒して、当該私企業に対し警察が収集した個人に関する情報を提供し、反対運動が展開することのないように企業と協議、情報交換をしていたことが、生々しく記録されています。いったいこのようなことが許されていいのでしょうか。

法的な問題点

提供された個人情報は、本人たちが公表している事項だけではありません。団体への所属や今まで参加した市民運動歴など「承諾なくみだりに収集されたくない情報」や、病歴や学歴など秘匿されるべき個人情報まで含まれています。このような情報を、警察が継続的に収集、保管し、今回のように外部への提供を含めた利用をすることは、憲法13条で保障された個人のプライバシー権を侵害します。

それだけでなく、警察に監視されているのを恐れ,憲法21条で保障されている、個人が表現活動やコミュニケーション活動を通じて人や社会に働きかけ、正当な利益を守ったりよりよい社会を作っていくという自由が妨げられ、民主政の過程が傷つけられてしまいます。

もちろん、犯罪の防止や安全の確保のため、狭い意味での犯罪捜査に限らない警察の活動が必要な分野がありますし、警察のそのような活動に対して一定の期待が寄せられているのも事実です。しかし、強大な力を持つ警察権力が市民社会に無制限に介入することを許せば、社会から自由や民主主義が失われることにつながりかねません。

そこで、憲法を武器に、警察による市民監視に制限を加えることが必要だと考えています。

提訴しました

12月21日に、監視の対象となっていた4名の市民が、大垣警察を設置している岐阜県を相手に、国家賠償を求める裁判を提起しました。

警察によるGPS捜査に関する裁判にかかわっていたこともあり、岐阜の弁護士仲間から弁護団に加わることを要請され、私も弁護団の一員に名を連ねています。2017年7月1日に開催する当事務所友の会総会に講師として参加される愛敬浩二名古屋大学教授も本件に大変関心を持たれ、憲法研究者として弁護団へのアドバイスをして下さっています。

市民たちは、この裁判を「大垣警察市民監視違憲訴訟」と名付け、「もの言う」自由を守る会を結成して支援をつのっています。是非、ご協力をお願いします。

*なお、日本評論社が発行する「法学セミナー」2016年11月号では、「市民の政治的表現の自由とプライバシー」という特集を行い、市民監視事件の実態報告と憲法研究者による理論的解明が行われています。その中には、本事件弁護団長の山田秀樹弁護士の事件報告も掲載されています。

 

喫煙と法

弁護士 酒井寛

私は、昨年まで喫煙者だったのですが、本年の2月から禁煙をしております。
既に半年以上、禁煙に成功していることになりますが、まだ、食後や仕事が一段落した後に「一服吸いたい」という気持ちに襲われることがあり、まだまだ、予断を許さない状況です・・・。

1 喫煙に関する法律など

ところで、喫煙に関する法律には以下のようなものがあります。

・一定の人の喫煙を禁止する法律
未成年者喫煙禁止法」など

・特定の場面での喫煙を禁止する法律
鉄道営業法」第34条など
※プラットフォームや電車内の内、喫煙が許されていない場所において、制止されたにも関わらず喫煙したものには一万円未満の罰金が課せられる。

・その他
労働安全衛生法」第71条の2~4、「健康増進法」第25条
※事業者や学校、病院等の多数の者が利用する施設の管理者について、受動喫煙防止のために必要な措置を講ずるように努めなければならないとされている。など多数・・・

また、「ポイ捨て禁止条例」など喫煙に関する条例も存在します。

このように、喫煙を制限する法律、条例などは多く存在します。

さらに、裁判例においても、マンションの住民がベランダで喫煙していたところ、真上の階の住民が、その煙がストレスとなって体調が悪化した等として、ベランダで喫煙をしている住民に対して慰謝料を請求したという事案において、この慰謝料請求が認められたというものなどが存在します。

2 喫煙をする権利

それでは、逆に、「喫煙をする権利」というのは認められているのでしょうか?
この点、最高裁判所は、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」としました(この判例は、「拘禁されている者」という、特殊な状況にある人のケースではありますが・・・)。

最高裁判所大法廷昭和45年9月16日判決

 監獄の現在の施設および管理態勢のもとにおいては、喫煙に伴う火気の使用に起因する火災発生のおそれが少なくなく、また、喫煙の自由を認めることにより通謀のおそれがあり、監獄内の秩序の維持にも支障をきたすものであるというのである。

 右事実によれば、喫煙を許すことにより、罪証隠滅のおそれがあり、また、火災発生の場合には被拘禁者の逃走が予想され、かくては、直接拘禁の本質的目的を達することができないことは明らかである。のみならず、被拘禁者の集団内における火災が人道上重大な結果を発生せしめることはいうまでもない。

 他面、煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、 喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。

 したがって、このよう な拘禁の目的と制限される基本的人権の内容、制限の必要性などの関係を総合考察すると、前記の喫煙禁止という程度の自由の制限は、必要かつ合理的なものである と解するのが相当であり、監獄法施行規則九六条中未決勾留により拘禁された者に 対し喫煙を禁止する規定が憲法13条に違反するものといえないことは明らかであ る。

極めて簡単に言えば、喫煙をする権利は認められているものの、いつでも、どこでも喫煙して良いというわけではなく、周囲の人の迷惑になるような喫煙の仕方は許されないということです。当然ですよね。

私は、愛煙家であった時代が長いですし、煙草を吸う人の気持ちは良く分かります。
(今のところ)禁煙に成功した現在においても、喫煙行為自体を否定する気持ちにはなりません。
他方、禁煙をすることにより、喫煙者の煙草の匂いに気づくようになるなど、喫煙行為に嫌悪感を持つ人の気持ちも少し分かるようになりました。
社会においては、色々な趣味嗜好を持つ人々がいます。
私が考える「良い社会」というのは、様々な個性を持つ人々がお互いを尊重すると共に、他人に迷惑を掛けないように最低限我慢すべき点は我慢することによって、できる限り多くの人々が気持ちよく暮していける社会です。
愛煙家もそうではない人も共に気持ち良く暮らせるよう、喫煙者の方においては、喫煙に関する法律や条例はもちろん、法律や条例にまではなっていないものの、守るべき「喫煙マナー」をもしっかりと守って喫煙していただきますよう、宜しくお願いいたします。

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