刑事・少年事件

政治家に対する名誉毀損

1 はじめに

各種報道によれば,ソウル中央地検は本年10月8日,ウェブサイトに書いた記事で韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を毀損(きそん)したとして,産経新聞の前ソウル支局長を情報通信網法(情報通信網利用促進及び情報保護等に関する法律)に規定されている名誉毀損罪で在宅起訴したとのことです。

今回は,このニュースと同じようなことが日本で起きた場合にどうなるのか,某新聞の記者が「大きな事故が起きたときに首相は密会していた」という記事をネット配信した場合を例に,その記者に名誉毀損罪が成立するのかについて解説したいと思います。

2 名誉毀損罪はどんなときに成立するか

(1)名誉毀損罪が成立する場合

まず,名誉毀損罪が成立するには,「公然」と「事実を摘示」して人の「名誉を毀損」したこと,が必要です。

(名誉毀損)
第230条
公然事実を摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

公然

「公然」とは,判例によれば,不特定または多数人が認識することが出来る状態であれば足りるとされています。今回は,世界中の誰もが見ることが出来るウェブサイトに記事を載せた訳ですから,問題なく「公然」の要件は満たします。

ちなみに,この「公然」の要件について,判例はかなり緩やかに解しているようで,例えば近所の知り合い2~3人と道ばたで談笑している中で他人の名誉を毀損することを言った場合でも「公然」の要件は満たされると判断される可能性もあります。

事実の摘示

「事実の摘示」とは,名誉を毀損するような,つまり人の社会的評価を害するような事実を,言ったり,書いたりすることです。

よく「本当のことを言っているんだから名誉毀損は成立しないはず」と思ってしまいがちですが,その摘示した事実が本当のことかどうかは名誉毀損と言えるかとは関係がありません(この後の例外の問題にはなります)。

そのため,記者が書いた記事が仮に真実であっても,「大きな事故が起きたときに首相は密会していた」という社会的評価を害する記事が配信されたことに変わりはない以上,この「事実の摘示」という要件も満たすと言えるでしょう。

(2)そもそも告訴が必要

次に,名誉毀損罪は,被害者が正式に刑事告訴をしなければ起訴することは出来ません。

(親告罪)
第232条
この章の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない。

※この章とは,「第34章 名誉に対する罪」のことです。

被害者の中には,裁判が行われることで騒ぎが大きくなり,結果として更に自分の名誉が害されては困ると考える方もいるので,被害者が望まない限り,裁判が行われることはないのです。

首相が刑事告訴をしない限り,検察庁は起訴することも出来ないわけです。

3 例外的に処罰されない場合

(1)公務員についての例外

そうすると,今回の件は名誉毀損罪が成立してしまいそうですが,首相のような公職に就いている人のことを報道した場合に簡単に名誉毀損罪が成立しては,報道の自由や知る権利が侵害され,報道機関は萎縮してしまいます。

そこで刑法では,首相など公務員について摘示された事実が真実であることの証明があったときは処罰されないと定めています(刑法第230条の2第3項)。また,判例では,真実であることが証明できなくても,確実な資料や根拠に照らして真実だと信じた場合にも,名誉毀損罪は成立しないとされています(最高裁大法廷昭和44年6月25日判決など)。

(公共の利害に関する場合の特例)
第230条の2
1 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない
2 前項の規定の適用については,公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は,公共の利害に関する事実とみなす。
3 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったときは,これを罰しない

今回の場合も,記事の内容が真実であると証明できた場合や,それなりの裏付け資料や根拠に基づいて記事をネット配信したのであれば,最終的に名誉毀損罪は成立しないことになります。

(2)一般の方についての例外

今回は首相という公職に就いている人のことを報道した場合を例にしていますが,仮に一般の方の名誉を毀損した場合には,先ほどの真実性の証明に加え,公共の利害に関する事実であることと,専ら公益を図る目的で行った場合であることという要件が必要になってきます(刑法第230条の2第1項)。
そのため,例えば近隣の方の単なる悪口を言いふらしたような場合は,それが真実であると証明できても,公共の利害に関するものでないとか,公益を図る目的ではなかったということで,結局は名誉毀損罪が成立してしまう可能性が高いのです。

4 産経新聞の事件について

そもそも,今回の事件で大統領が反論を行ったり,民事裁判を起こすならともかく,刑事事件にしてしまうというのは,報道機関に対して政権批判について萎縮させる危険があります。報道の自由の重要性を考えれば,大統領など公職に就く者への批判を刑事事件にすることはあってはならないことです。

産経新聞の報道姿勢については疑問をお持ちの方もいるかもしれませんが,そのことと今回の件は分けて考える必要があります。このように政権について批判的な記事を書いた新聞記者を起訴するというのは,「民主国家ではなく,独裁国家と一緒ではないか」と批判されてもやむを得ないと思います。

なお,私は,韓国法の専門家ではないのですが,韓国の情報通信網法の日本語訳を確認すると,日本の刑法と共通する「公然と事実を摘示して名誉を毀損すること」に加えて,「誹謗する目的」が情報通信網法の名誉毀損罪の成立に必要となります。報道の自由の重要性を考えれば,この「誹謗する目的」については,厳格に解釈・適用されるべきと考えます。

弁護士 吉川哲治

この記事の担当者

吉川 哲治
吉川 哲治
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