刑事・少年事件

凄惨な事件と裁判員制度

1.遺体の画像を見せない判断

 少し前に,東京地方裁判所で行われた傷害致死事件の裁判員裁判の中で,裁判員に遺体の写真もイラストも見せないという判断がなされました。こうした判断がなされたのは,強盗殺人罪の裁判員裁判で裁判員を務めた人が,被害者の遺体の写真等を見たことでPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し,国に対して国家賠償が求めたことを受け,裁判所自体が裁判員に遺体の写真を見せることに敏感になっていることによるものと考えられます。

 しかし,遺体の画像を一切見せないで,裁判員が正しい判断を下せるのか,疑問を持った方もおられると思います。

 今回は,凄惨な遺体の写真などを見ないことが当然にできるのか,また,見せないことの問題点などについてお話しさせていただきます。

2.裁判員にならないことはできるのか

 まず,凄惨な遺体の映像などショッキングな内容の証拠を見ることは避ける方法として「そもそも裁判員にならなければいいのではないか?」についてです。

(1)裁判員の選任手続

 裁判員にならないという選択肢は私達に与えられているのでしょうか。その前提として裁判員の選任手続の制度を見てみましょう。

 裁判員は,衆議院議員選挙権を有する人の中から,無作為に候補者が選ばれます(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律13条)。1年ごとに候補者が選ばれ,候補者名簿に載せられます。この時点で,調査票が送られてきて,欠格事由(14条 中学生以下,心身の故障による職務への著しい支障など),就職禁止事由(15条),不適格事由(17条)にあたる人は,候補者から除外されます。

 そして,裁判員裁判を開くことが決まると,候補者名簿に載った人のうち,くじで候補者になった人は裁判所に呼び出されるのですが,辞退事由(16条)のある人は,この段階で裁判員候補者を辞退することができます。

(欠格事由)
第十四条
国家公務員法 (昭和二十二年法律第百二十号)第三十八条 の規定に該当する場合のほか、次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることができない。
一 学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。
二 禁錮以上の刑に処せられた者
三 心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者

(辞退事由)
第十六条
次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができる。
一 年齢七十年以上の者
二 地方公共団体の議会の議員(会期中の者に限る。)
三 学校教育法第一条 、第百二十四条又は第百三十四条の学校の学生又は生徒(常時通学を要する課程に在学する者に限る。)
四 過去五年以内に裁判員又は補充裁判員の職にあった者
五 過去三年以内に選任予定裁判員であった者
六 過去一年以内に裁判員候補者として第二十七条第一項に規定する裁判員等選任手続の期日に出頭したことがある者(第三十四条第七項(第三十八条第二項(第四十六条第二項において準用する場合を含む。)、第四十七条第二項及び第九十二条第二項において準用する場合を含む。第二十六条第三項において同じ。)の規定による不選任の決定があった者を除く。)
七 過去五年以内に検察審査会法 (昭和二十三年法律第百四十七号)の規定による検察審査員又は補充員の職にあった者
八 次に掲げる事由その他政令で定めるやむを得ない事由があり、裁判員の職務を行うこと又は裁判員候補者として第二十七条第一項に規定する裁判員等選任手続の期日に出頭することが困難な者
イ 重い疾病又は傷害により裁判所に出頭することが困難であること。
ロ 介護又は養育が行われなければ日常生活を営むのに支障がある同居の親族の介護又は養育を行う必要があること。
ハ その従事する事業における重要な用務であって自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じるおそれがあるものがあること。
ニ 父母の葬式への出席その他の社会生活上の重要な用務であって他の期日に行うことができないものがあること。

(2)凄惨な映像を理由に辞退できるのか

 それでは,凄惨な映像を理由に裁判員を辞退できるのでしょうか。

 先ほどの辞退事由を簡単にまとめると

①70歳以上の者
②地方公共団体の会期中の議会の議員
③学生又は生徒
④過去数年以内に裁判員や検察審査員等の職にあった者
⑤その他法律・政令で定めるやむを得ない事情がある場合
(例)
重い疾病・傷害,出産等で出頭できない
日常生活に介護・養育を要する者
事業上の重要な用務を自ら処理しなければ事業に著しい損害が生じる恐れがある
父母の葬式への出席等,社会生活上の重要な用務がある
住所・居所が裁判所の管轄区域外の遠隔地にある

などだけです。

 候補者に選ばれてしまうと,そう簡単には辞退することができないのです。そして,凄惨な映像を見たくないということだけでは辞退事由にはなりません。

 ただ,今回話題になった東京地方裁判所では,心的外傷の恐れがある場合の辞退を検討しているようです。おそらく,欠格事由の心身の故障による職務への著しい支障や辞退事由の重い疾病を拡大して考えているものと思われます。

3.凄惨な映像を見るしかないのか

 仮に辞退が認められなかった場合,凄惨な映像を見なければならないのでしょうか。残念ながら,証拠として採用された場合は見るしかないということになります。

 一応,最高裁判所所管の「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」という制度もあります。これは,裁判員を経験した人の心的サポートをする機関ですが,そうしたカウンセリングが必要となるような負担を,一般市民に課すことが適切なのかについては,疑問のあるところです。

4.守られるべき権利

 ここで気をつけなければならないことは,被告人にも適正な手続の保障(憲法31条)があるということです。

 刑罰を科す以上,適切な証拠に基づいた正確な判断がなされなければなりませんが,写真もイラストも使わず,捜査官の報告書など罰しようとする側の意見だけをまとめた証拠だけで公正な判断ができると言えるのでしょうか。

 一方で,裁判員に選任される市民にも,裁判員にならない,ショッキングな内容の証拠を見ないという自由が認められるべきです(苦役からの自由,自己決定権の侵害としてとらえることが考えられます)。

 裁判員制度が始まってから5年が経ちましたが,そうした関係者の誰かの権利自由が制約されたまま制度が運用されていくことには,大きな問題があると言えます。

弁護士 金井英人

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