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Q 不貞行為と婚姻費用支払義務

弁護士 松本篤周

妻の不貞行為が原因夫婦仲が悪くなり、妻が家を出る形で別居状態になっているとき、妻からの婚姻費用請求に対して、夫は応じる義務があるでしょうか?

A 回答

ㅤ婚姻費用とは、夫婦とその扶養にある子どもが共同生活をするうえで必要な衣食住費、教育費、医療費、交際費などの費用のことで、財産・収入・社会的地位などに応じた普通の生活費を意味します。法律上、夫婦は互いに婚姻費用を分担すべきものとされており、収入の多い配偶者(通常は夫)が、収入が無いか少ない配偶者(通常は妻)に対して金銭(生活費)を支払う義務があります。婚姻費用分担義務は、婚姻関係が続いている限りなくならないのが原則で、離婚が争われている間といえども夫婦である以上は、生活費を支払う義務があります(民法760条)。その適正額の判断は、「算定表」による算定方式が定着しています。

問題は、婚姻費用を請求する配偶者(通常は妻)が不貞行為を行っていた場合など、有責性がある場合にも、請求を受ける側(通常は夫)は、婚姻費用を支払わなければならないのでしょうか。

ㅤこの点で参考になる決定例(裁判例)を二つご紹介します

一つは、札幌高等裁判所の決定(昭50.6.30)です。

(要旨)「夫婦が別居して婚姻生活共同体の回復の可能性が存在しない程に婚姻関係が破綻している場合において、右破綻につき専らもしくは主として責を負う夫婦の一方は、その相手方に対し少なくとも自己の最低生活を維持する程度の婚姻費用の分担は請求することができる。」  (なお、このケースにおける実際の事実認定では、妻の側の不貞行為は認定されず、夫の側の邪推に過ぎない、という認定がされていますので、あくまでも一般論として判断にとどまり、実際の決定では算定例に基づいて金額が算出されています。)

(理由のポイント)

「➀夫婦間の扶助義務は、夫婦が互いにその生活全般にわたつて協力義務をつくすことを前提とし、いわば右協力義務と右扶助義務とは不即不離の相関関係にあるものと考えられるところ、婚姻関係の破綻につき専ら、若しくは主として責を負うべき者は、相手方に対し右協力義務をつくしていないものというべきであるから、その者が、右協力義務をつくさずして、相手方に対し、相手方と同一程度の生活を保持できることを内容とする扶助義務、ないし婚姻費用分担の履行を求めることは権利の濫用として許されないものといわなければならない。②しかしながら、たとえ前記のとおり婚姻関係が破綻していても、夫婦は、正式に離婚が成立しないかぎり、あくまでも夫婦としての地位を有するものであつて、その間を夫婦でない他人間の関係と同様に律つするわけにはいかないのであるから、夫婦であるかぎりその一方が生活に困窮している場合に他方は、いかなる理由があるにせよこれを放置すべきでないというべきである。そうだとすれば、右破綻につき責を有しない者も、夫婦であるかぎり、右破綻につき責を負う者に対し、少くともその者の最低生活を維持させる程度の扶助義務を負うものと解するを相当とする。してみれば、婚姻関係の破綻につき専ら、若しくは主として責を負う者に対する他方の扶助義務ないし婚姻費用分担の程度は、軽減せられ、右破綻につき専ら、若しくは主として責を負う者の最低生活を維持させるに必要な程度をもつて足りるものといわなければならない。」

(よくわかる解説)

ㅤ少しかみ砕いてご説明すると、夫婦は互いに協力関係にあるから、夫婦の関係を壊すことについて、自分にだけ責任がある(あるいは相対的に重い責任がある)側が、協力関係を壊しておきながら、他方に対して同等の生活を求めるのは、権利の濫用になる。しかし、そうはいっても夫婦であることには変わりは無いから、全く他人と同じように何の援助もしなくても良いと言うことにはならないから、最低限の生活費の援助をする義務までは否定できない、ということです。従って、具体的な金額については、夫婦同等の生活を保障する趣旨である算定表によることは出来ず、それより低い「最低生活費」程度になる、ということです。

ㅤ婚姻費用は、子どもがいる場合には、妻のみならず子どもの生活費も含まれますが、不貞行為を行ったのは妻であって、子どもには非はないので、婚姻費用のうち、少なくとも子どもの生活費(いわゆる養育費)相当部分については、減額は認められないと考えれば分かりやすいかも知れません。また不貞行為を行った当事者の生活費分についても、全く否定されることにはならないと考えるべきでしょう。

ㅤただ、一口に「不貞行為」「有責配偶者」と言っても、ケースによっては、一方的に不貞をした側を責めることは出来ない場合もあります。例えば、夫のモラハラに耐えかねて、別居と同居を繰り返している間、モラハラを受けている悩みを相談していた男性と不貞関係になってしまった場合など、夫婦関係の破綻の原因が必ずしも一方の不貞行為にあるとは言えず、むしろ、夫の側のモラハラこそが破綻の原因であって、不貞に至ったのは、その後の結果というべきケースなどは、必ずしも「専らもしくは主として責任がある」とは言えない可能性があります。従って、不貞行為の部分だけを切り取って、不貞行為がありさえすれば,婚姻費用分担請求が制限されると決めつけることは出来ないことに注意が必要でしょう。

ㅤもう一つは、上記の決定例とは異なり、不貞行為を行った妻からの婚姻費用の支払い義務を全面的に否定した決定例があります。

福岡高等裁判所宮崎支部の決定(H17.3.15)です。

(要旨)「有責配偶者である妻は夫に対して、婚姻関係が破綻したものとして離婚請求を提起して離婚を求めているのであり、このことは、婚姻共同生活が崩壊し、もはや、夫婦間の具体的同居協力扶助の義務が喪失したことを自認したものにほかならないのであるから、このような妻から夫に対して、婚姻費用の分担を求めることは信義則に照らして許されない」

(理由のポイント)

「相手方(妻)は、Fと不貞に及び、これを維持継続したことにより本件婚姻関係が破綻したものというべきであり、これにつき相手方(妻)は、有責配偶者であり、その相手方が婚姻関係が破綻したものとして抗告人(夫)に対して離婚訴訟を提起して離婚を求めるということは、一組の男女の永続的な精神的、経済的及び性的な紐帯である婚姻共同生活体が崩壊し、最早、夫婦間の具体的同居協力扶助の義務が喪失したことを自認することに他ならないのであるから、このような相手方から抗告人に対して、婚姻費用の分担を求めることは信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。」

(よくわかる解説)

ㅤこのケースでは、不貞行為をした妻の側から,夫に対して離婚訴訟が提起されている(しかも決定の直前に離婚を認める判決が出され、夫の側が控訴しているという状況の)中で婚姻費用支払いの請求がなされた事案でした。一つ目の札幌のケースにおける裁判所の判断では、「不貞行為により夫婦関係が破綻していても、離婚しない限り、全くの他人と同じと同じ扱いにするわけにはいかないから、最低生活費は支払ってあげなさい」というものでした。しかし、この宮崎のケースでは、札幌の事案とは異なり、婚姻費用の支払いを求める妻自身の側から夫に対して離婚請求がなされ(しかも有責配偶者の側からの請求であるものの相手にとって過酷でない特段の事情が認められて離婚請求が認容され)ている状況の中での判断でした。従って、「離婚しない限り他人ではない」という状況にもなかったため、妻の側からの婚姻費用分担請求は「信義則に反する」、として請求が否定されたわけです。こういう認定ですから、札幌の事案とは具体的事情が異なる、ということで、理論的には矛盾していないと言ってもいいでしょう。

ㅤちなみに、宮崎の事案の夫婦は、すでに子ども達も成人し、妻だけの生活費分の支払いを求めるケースであり、子どもの生活費を考える必要もない事案でした。

(まとめ)

ㅤ以上から、この問題については、原則として札幌高裁決定の一般論を前提に考えれば良く、福岡高裁宮崎支部の決定は、前提となる事実関係が特殊であり、例外的な判断であったと考えれば良いのではないかと思います。

この記事の担当者

松本 篤周
松本 篤周
弁護士法人 名古屋法律事務所 所長。
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