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民事執行法の改正~債務者の財産を明らかにする手続~

弁護士酒井寛

1 他人にお金を貸したけれど、返して貰えない…。

 このような場合、まずは、多くの人が話し合いで解決ができないか試みると思います。
 話し合いで解決できない場合、裁判所に対して訴訟を提起して、「●●円を支払え。」という内容の判決を下して貰うという手段があります。
 しかし、勝訴判決を得れば、お金を貸した相手(お金を借りた人)は、皆必ずお金を返してくるのかといえば、残念ながら、そうではない人もいます。
 それでは、勝訴判決を得る意味はどこにあるのでしょうか?その答えは、その勝訴判決に基づいて「強制執行ができる」ということです。

 

2 強制執行とは

 強制執行とは、お金を貸した人(債権者)の申立てによって、裁判所がお金を返済しない人(債務者)の財産を差し押えてお金に換え(換価)、債権者に分配する(配当)などして、債権者に債権を回収させる手続です(裁判所ホームページより)。
 したがって、債権者は、勝訴判決を得れば、強制執行の申立てをすることによって、お金を返済しない人に対して、強制的にその財産から自分の債権の回収を図れることになります。
 ただし、まだ、問題があります。すなわち、強制執行をするためには、

「債務者所有の●●所在の土地(実際には、「物件目録」等の目録を末尾 に添付して不動産の特定をするのが通常です。)に対する強制競売手続の 開始を求める。」
「債務者の●●銀行●●支店に対する預金債権(こちらも「差押債権目 録」等の目録を添付して特定します。)の差押命令を求める。」
「債務者の●●株式会社に対する給料債権(こちらも「差押債権目録」
等の目録を添付して特定します。)の差押命令を求める。」

 というように、相手方債務者の財産の具体的な内容を明らかにした上で申し立てを行われなければならないのです。
 しかし、相手方債務者が有している財産の具体的な内容など、知らないということの方が普通です。
 したがって、勝訴判決を得ても、強制執行ができないことから、泣き寝入りをするしかないというケースも多くありました。
 このような事態をできる限り防ぐために、令和元年5月10日に改正民事執行法が成立し(同月17日に交付。原則として公布の日から1年以内の政令で定める日から施行されることが予定されています。)、以下のように、債務者の財産の内容を明らかにすることについて、元々存在した制度が拡充されると共に、新しい制度が設けられました。

 

3 改正民事執行法により拡充または新設された制度

(1)財産開示手続の拡充(改正民事執行法196条以下)
平成15年の民事執行法改正により、「財産開示手続」という制度が新設されました。
この財産開示手続は、強制執行をしても完全な債権の回収ができなかった場合や、できる限りの調査をしても債務者にめぼしい財産が無かった場合等に、勝訴判決や調停調書(調停における合意の内容を記載した書面)等を有する債権者の申立てにより、裁判所が債務者を呼び出し、非公開の財産開示期日において、債務者に自己の財産について陳述させる手続です。
しかし、裁判所から呼び出しがあっても、出頭しない債務者も多く存在した等の理由から、この制度には実効性に疑問があり、あまり利用されてはいませんでした。
そこで、以下のような改正がなされました。
ア 罰則の強化
  旧民事執行法206条1項の

次の各号に掲げる場合には、30万円以下の過料に処する。
1 開示義務者が、正当な理由なく、執行裁判所の呼出しを受けた財産開示期日に出頭せず、又は当該財産開示期日において宣誓を拒んだとき。
2 財産開示期日において宣誓した開示義務者が、正当な理由なく第199条第1項から第4項までの規定により陳述すべき事項について陳述をせず、又は虚偽の陳述をしたとき。

  という規定を改正し、これらの場合に、6か月以下の懲役または50万円以下の
  罰金が課せられるようなりました(改正民事執行法213条1項)。
  このように、場合によっては、懲役刑まで課せられてしまうのですから、かなりの
  心理的強制力が働くものといえます。

イ 申立権者の範囲の拡大
  勝訴判決や調停調書等に加え、これらに準じるような文書、具体的には、仮執行の
  宣言を付した支払督促、仮執行の宣言を付した損害賠償命令、金銭等の支払いを目
  的とする内容の公正証書等(これらの文書を総称して「債務名義」といいます。)
  を有している債権者もこの制度を利用できるようになりました。

(2)不動産に関する情報取得手続(改正民事執行法205条)
 債務名義(特に限定はありません。)を有している債権者等が裁判所に申し立てることによって、裁判所が登記所に対して、当該債務者が登記名義人となっている不動産を網羅した形で情報の提供を命じる手続です。
 この手続によって、債務者名義の不動産の存在が明らかになれば、この不動産に対して強制執行(競売によってお金に換え(換価)、債権者に分配する(配当)をする)ことができます。
 なお、この手続を利用するためには、まずは、(1)で述べた財産開示手続を経なければなりません。

(3)給与債権に関する情報取得手続(改正民事執行法206条)
 養育費や婚姻費用等の扶養料債権、②人の生命若しくは身体の侵害(ex:他人に殴られ怪我を負った、交通事故によって怪我を負った)による損害賠償請求権についての債務名義を有している債権者が裁判所に申し立てることによって、裁判所が、市町村、日本年金機構または厚生年金の実施機関に対し、債務者の給与債権の情報(勤務先の情報等)の提供を命じる手続です。
 この手続によって、債務者の勤務先が明らかになれば、やはり、給与の差押えなどの強制執行をすることができます(給与額の4分の1の金額まで、または、33万円を超える部分について差し押さえることができます。)。
 この手続を利用するためにも、まずは、(1)で述べた財産開示手続を経なければなりません。

(4)預貯金債権等に関する情報取得手続(改正民事執行法207条)
 債務名義(特に限定はありません。)を有している債権者等が裁判所に申し立てることによって、裁判所が銀行等の金融機関に対して、預貯金債権の存否並びにその預貯金債権が存在するときには、その預貯金債権を取り扱う店舗並びにその預貯金債権の種別(ex:普通預金、定期預金)、口座番号、その金額といった情報の提供を命じる手続です。
 この手続によって、債務者名義の預貯金の存在及びその預貯金に関する情報が明らかになれば、この預貯金債権に対して強制執行をすることができます。
 なお、この手続については、(2)の不動産に関する情報取得手続や(3)の給与債権に関する情報取得手続とは異なり、(1)で述べた財産開示手続を経る必要はありません。

 

4 法改正の意義・今後の課題

 このように民事執行法が改正されたことによって、債権者が泣き寝入りをしなくてはならないケースは大幅に減ると考えられます。
 特に、子どもの養育費の未払い等で困っている人にとっては、非常に意義の大きい改正だと思います。
 一方、低収入の債務者に対する給与の差し押さえが容易になることにより、債務者の生活を崩壊させる可能性が高まる等の問題もあります。
 今後は、このような問題についても充分な議論をしていく必要があると考えます。

この記事の担当者

酒井 寛
酒井 寛
依頼者や相談者の方々から良く「話しやすい」と言っていただくことがあります。今後も、依頼者や相談者の方々のお話にじっくりと耳を傾けることができる弁護士であり続けたいと思っております。

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