【全国に先駆けて提訴】
4月17日、原爆症認定集団訴訟の第一陣として、名古屋地方裁判所に、原爆症認定訴訟が提起され、初の入市被爆者(原爆投下後に市内に入り残留放射能をあびた被爆者)の提訴とあって、その模様が新聞やテレビで大きく取り上げられました。
弁護団には、愛知県・岐阜県の弁護士が加わり、名古屋法律事務所からは、加藤美代、樽井、松本弁護士と私が参加しています。
【終わらない原爆被害】
1945年に、広島、長崎に原爆が投下されてから、60年近くが経とうとしていますが、原爆による被害は、今なお続いています。
原爆投下直後、多くの人々が爆風・熱線・急性放射線症状によって亡くなりました。
しかし、原爆は、生き残った人々にも、大きな爪痕(あと)を残しました。
体に浴びせられた放射線は、何年も、何十年も経ってから、白血病や悪性腫瘍といった晩発性放射線障害の形をとって、被爆者を襲ったのでした。
【恣意的な「救済」制度】
占領軍や日本政府は、当初、原爆の被害の大きさを隠蔽(いんぺい)することに汲々(きゅうきゅう)としていましたが、ようやく1957年になって、原爆医療法が、1994年には被爆者援護法と呼ばれる法律が制定されました。
しかし、法律は、まったくその名に値しないものでした。
被爆者が病気になっても、国から、原爆の放射線によるものと認められなければ、医療手当を受けられませんが、対象となる30万人弱の被爆者のうち、この認定を受けている人(認定被爆者)は、約2000人しかいません。
さらに、本来、原爆の放射線に起因するかしないかで決められるべき原爆症認定は、科学的な認定基準に基づいているように見せかけていますが、実際上は、約2000人分という予算の枠で決まっているのです。
【集団訴訟に支援を】
これまでも、被爆者による原爆症認定をめぐる訴訟は、いくつか提起されてきました。
しかし、今回の集団訴訟は、既に高齢となった被爆者たちが、こうした国・厚生労働省の不合理な認定制度を糾弾し、原爆被害の真の救済を求める最後の訴えです。
そして、被爆者たちは、単に自分の病気を原爆によるものと認めてもらうためだけでなく、核兵器のない世界を作るために、新たな被爆者を二度と作らないために、訴えているのです。
原爆症認定集団訴訟に、みなさまのご支援をお願いします。
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