企業の労働問題

「働き方改革」について

弁護士 樽井直樹

1 はじめに

政府は、4月6日に働き方改革関連法案を閣議決定し、国会に提出しました。安倍首相が施政方針演説で、今通常国会を「働き方改革国会」と名付けながら、厚生労働省が裁量労働制に関するデータを偽造したことが明らかになり、裁量労働制の拡大対象を法案から外すことを表明したため、提出が当初の予定から大幅に遅れることになりました。

2 働き方改革関連法案の内容と問題点

法案の中身は、大きく2つあります。1つは労働時間制度に関するもの、もう1つは非正規労働者の処遇改善に関するものです。

(1)労働時間制度に関して

労働時間制度に関しては、時間外労働の上限規制と労働時間の規制緩和が盛り込まれています。

a 時間外労働の上限規制

電通事件で明らかになったように、日本の労働現場では異常な長時間労働がまかり通り、過労死、過労自殺が後を絶ちません。現在の制度では、36協定を締結した場合に、法律的に時間外労働の上限を規制するものはなく、大臣告示によって1カ月45時間、1年間で360時間を超えないようにという限度時間を定める基準が示されているだけです。しかも、特別条項を結べば限度時間を超えることも認められています。
法案では、法律で限度時間を定めることとし、違反には罰則による制裁が盛り込まれました。この点では、上限規制を強化したものといえます。しかし、臨時的な必要がある場合には、年間720時間、1カ月100時間未満の時間外労働を認めることができるとしています。さらに休日労働を算定すると、年間最大で960時間の時間外労働を許容する制度になっています。
1カ月100時間の労働時間というのは過労死基準に該当するような働き方です。過労死するかもしれないような労働時間を法律で許容する、これがほんとうに実効性のある労働時間の上限規制といえるでしょうか。

b 高度プロフェッショナル制度

しかも、高度プロフェッショナル制度という名の労働時間に関する規定などの適用除外制度が新たに設けられます。これは、第一次安倍内閣当時に国会に提出しようとし、「残業代ゼロ法」「過労死促進法」との批判を受けて断念に追い込まれたホワイトカラーエグゼンプションの再来にほかなりません。
対象労働者を年収1075万円以上としているため、一部の高収入の専門職の問題ととらえられがちです。しかし、厚労大臣経験者が「小さく産んで大きく育てる」と広言するなど、一度導入されてしまうと、対象が拡大されていくのは目に見えています。

c 労働時間制度改革の問題点

このように、時間外労働の上限規制は限度時間を法律事項とすること自体は評価することができますが、過労死基準を容認するような制度を認めるべきではありませんし、労働時間規制を根本から破壊する高度プロフェッショナル制度の導入は、長労働時間を根絶するという方向とは完全に矛盾します。

(2)非正規労働者の処遇改善

パート、契約社員、派遣労働者と様々な形で非正規労働者が増えています。非正規労働者には、雇用が不安定であること、賃金など労働条件で正規労働者に比べて相対的に劣悪な条件に置かれていること、という問題が指摘されています。安倍内閣は生涯派遣を可能にする労働者派遣法の改正を2015年に強行した後、「一億総活躍社会」を作るためには非正規労働者の処遇改善が必要だとして、「同一労働同一賃金の導入」ということを言い始めました。そして、働き方改革においてこれを実現しようと打ち上げたのでした。
非正規労働者の処遇改善に関する法案の核心部分は、①パートタイム労働者、有期雇用労働者の待遇がその職場の正社員の待遇と相違する場合、職務の内容、職務内容および配置の変更、その他の事情を考慮して不合理と認められるものであってはならない旨を規定するパートタイム労働法8条、労働契約法20条を一本の条文にするとともに、②通常の労働者と同視すべき短時間労働者の待遇について差別的取扱いを禁止したパートタイム労働法9条の規定が通常の労働者と同視すべき有期労働者にも適用が広がること、③派遣労働者についても、①②と同様の規定が設けられることにあります。
これは一見、非正規労働者の処遇改善につながるようにも思えます。しかし、しかし、法案では同一労働同一賃金といった考え方は採用されていません。この点で、「看板倒れ」といって差し支えないでしょう。労働契約法20条に違反するとして訴えられた裁判において、なかなか同条違反が認められず、認められたとしても限定された手当にとどまっているのが現状です。現在の条文を前提とし、適用範囲を少し広げるだけでは問題の解決にはつながりません。
また、派遣労働者については、労使協定を締結することで③の適用が除外されるというものとなっています。平等取扱いの実現という人権にかかわる問題を労使協定で排除するという制度設計を認めることはできません。

3 まとめ

働き方改革は、時間外労働の規制や非正規労働者の処遇改善といった労働者が求めてきた課題を掲げているため、少なくとも現状を改善するものだろうと思われがちです。しかし、実態は、労働法制による労働者を保護する規制(これは憲法27条2項に基づくものです)を「岩盤規制」と呼んで敵視し、これを骨抜きにしようというものです。その点で、日米の経済界が執拗に求めてきた規制緩和路線に基づく「働かせ方改革」というほかありません。
このことを端的に示すのが、雇用対策法の目的規定(1条)の文言を「労働力の需給が質量両面にわたり均衡することを促進」から「労働者の多様な事情の応じた雇用の安定及び職業生活の充実並びの労働生産性の向上を促進」に変えようとしていることです。
労働者を保護すべき労働政策の目的を、生産性向上という経済政策に従属させようとする、このような「働き方改革」は御免です。

 

*働き方改革関連法案
正式名称は「働き方改革を推進するための関連法律の整備に関する法律案」で、主に、労働基準法、じん肺法、雇用対策法、労働安全衛生法、労働時間等設定改善法、労働者派遣法、パートタイム労働法、労働契約法の8つの法律の改正を内容としています。

*裁量労働制をめぐって
当初、政府は働き方改革法案で企画業務型裁量労働制の対象業務に「裁量的にPDCAを回す業務」と「課題解決がったの開発提案業務」を追加することを狙っていました。裁量労働制と労働時間のみなし制度の一種です。つまり、実際には10時間働いても8時間働いたものと「みなし」、残業代を支払わなくてもよくする制度です。ですから、長時間労働を促進する効果を持ちます。ところが、安倍首相が「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な労働者で比べると、一般労働者より短いという厚生労働省のデータもある」旨の答弁を行いました。このデータに疑義があることが専門家によって明らかにされました(例えば上西充子さんの「裁量労働制、政府の答弁を検証する」を参照)。このような経過は安倍内閣が労働現場の実情を知らず、また関心もないことを示しています。

*働き方改革関連法案の内容と問題点
この点については日本労働弁護団が2017年11月に発表した『「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」(働き方改革推進法案要綱)に対する意見書』(2017年9月に厚労省が発表した法案要綱を分析したものを参照してください)。

*時間外労働の上限規制の実態について
法案が導入しようとしている時間外労働の上限規制は極めて複雑な制度です。上記の日本労働弁護団の意見書にある別表を参照してください。

現行  法律要綱案
原則 1日8時間 週40時間 1日8時間 週40時間

三六協定で定めた場合 <労働省告示の限度時間>
・時間外労働
 =月 45 時間、年 360 時間
 ※休日労働含まず
<限度時間>
・時間外労働
 =月 45 時間、年 360 時間
 ※休日労働含まず
<全体にかかる上限~罰則付き>
・坑内労働等の時間外労働
 =日 2 時間以内
・時間外労働+休日労働
 =月 100 時間未満
・時間外労働+休日労働
 =月平均 80 時間以内

<臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合>
・1 年に 6 回まで
 ※時間数に規制なし
<通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合>
・1 年に 6 カ月以内
・1箇月について 100 時間未満(休日を含む)
・通常予見される時間外労働も含み年720 時間以内
(休日は含まず)

*高度プロフェッショナル制度
裁量労働制が労働時間の「みなし制度」の一種であるのに対し、高度プロフェッショナル制度は労働時間、休憩、及び休日に関する規定の適用を除外する制度です。管理監督者などを適用除外とするとした労働基準法41条の次に41条の2という条文を設けることを予定しています。以下の表を参照してください。

労働時間等規定の適用の比較

一般労働者 管理監督者 裁量労働制対象者 高度プロフェッショナル制度対象者
労働時間 × ×
休日 × ×
割増賃金 時間外 × ×
休日 × ×
深夜 ×
休憩 × ×
年次有給休暇
独自の健康確保措置

○は適用対象 ×は適用除外 

△は「みなし労働時間」が8時間を超える場合には,三六協定の締結及び届出,割増賃金の支払いが必要となる。

〔出典〕厚生労働委員会調査室 成嶋建人「今後の労働時間法制等の在り方について -労働基準法等の一部を改正する法律案-
 

*派遣労働者についての適用除外制度
労使協定によって、派遣労働者に適用が除外される場合にも、全く放任されるわけではなく、同種業務の一般労働者の平均賃金額と同等以上の賃金の額、かつ職務内容、成果等の向上があった場合に賃金が改善される決定方法を定めるなど、労使協定に基づく待遇決定が定められることは大切なことです。しかし、労使協定を締結して適用を除外することが大部分だろうと前提されていることは、制度設計として大問題です。派遣先が変更されると、労働条件が変更されることになり不安定になるという意見もあるようですが、そもそも同一労働同一賃金という考え方を取っていないことを示しています。

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