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現実に減収が生じていない場合の労働能力喪失による逸失利益

Q 現実に減収が生じていない場合にも、後遺障害による労働能力喪失による逸失利益についての損害賠償請求が認められるのでしょうか

弁護士 松本篤周

1 最高裁判所の考え

交通事故や労働災害で怪我をして、後遺障害が残った場合、後遺障害の等級の程度(例えば8級なら45%)に応じて、将来(症状固定時点から労働可能年齢が終了するまで)の間に生じる所得の減少を逸失利益といいます。
例えば、片目の視力を失った場合、そのために労働能力が低下し、それは将来にわたって続くものなので、将来の稼働能力の喪失の程度に従って、その損害の賠償を請求できるのが原則です。
ただ、後遺障害が残った場合にも、その後現実の収入が減少しない場合があります。このような場合、「現実の減収がない以上、具体的な損失はないのだから賠償義務する必要はない」(現実損害説ないし差額説)ということになるのか、それとも「能力を喪失したこと自体を損害と評価するべきだから、現実の収入の減少の有無にかかわらず、賠償をするべき」(労働能力喪失説)となるのかが問題となります。
この点に関する最高裁の代表的な判決は次のように判示しています。

かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。

最判昭和56年12月22日・民集35巻9号1350頁

この判例の立場は、原則として差額説を採りつつ、例外的に「特段の事情があるとき」には喪失説による、と考えているように読めます。

2 特段の事情とは?

それでは、具体的な減収がなくても経済的不利益が認められる「特段の事情があるとき」というのは、具体的にどういう場合があるのでしょうか。
上記の最高裁判決は具体例として①事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて,かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合,②労働能力喪失の程度が軽微であっても,本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし,特に昇給,昇任,転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合などの例をあげています。

後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには、たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であつても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。

最判昭和56年12月22日・民集35巻9号1350頁

いくつか例を見ていきましょう。

(1)本人の特別な努力によって、減収が生じていない場合

例えば、足の痛みに耐えたり不自由な関節をかばったりしながら作業を行うとか、途中失明したが点字を学び、従前と同じような作業量をこなすなどの特別の努力をしているなど。この場合は、障害があるにも関わらず、本人が特別の努力をして障害を負う以前と同等の作業能力を維持しているからこそ減収が生じていないだけであり、逆に言えば、事故によって負った障害によって、特別の努力を強いられている部分については賠償によって埋め合わせしてあげることが必要だということになります。

(2)勤務先の配慮や温情によって減収が避けられている場合

勤務先の配慮や温情は,経営状況等によっては永続的に継続するという保証はなく,配慮や温情が途切れれば,労働能力による減収が現実化することになります。従って,勤務先の配慮がなければ収入が減少してしまうという経済的不利益をも考慮する必要があるということになります。この点について、参考になる裁判例があります。

「原告は併合八級に該当する後遺障害の認定を受けているものの,現在までに特段の減収が生じているわけではなく,後遺障害による損害はいまだ表面化していない。しかし,原告は,本件事故の結果,右眼の矯正視力が〇・一前後に低下し,左足関節に機能障害が残るなどの後遺障害を被り,業務を遂行する上で支障が生じているものであって,現在までに減収が発生していないのは,原告自身の努力によるほか,勤務先の配慮によるところが大きいものと考えられ,将来においては,昇進,昇給の遅れ等による損害が顕在化することが予測される。」

(東京地判平成13年7月31日判決)

これに対して,国立大学の学務部教務課に勤務する症状固定時53歳の男性について,1眼失明,1眼視力低下,骨盤変形などにより併合1級(喪失率100%)の認定を受けた事案で,事故後4年間減収がなく,定年である60歳までは給与面で不利益があるとは認められないとして、逸失利益を否定し,60歳以降は100%の喪失を認めるとした裁判例があります(札幌地判平成11年9月29日)。
このような考え方を前提とすると、公務員の場合、民間に比べて勤務先が比較的安定しており身分保障も厚いことから、定年までは従前通りの勤務条件が維持される蓋然性があるとみなされたものと思われますが、昨今の公民改革では,公務員であっても能力主義・成績主義が採用される情勢にあるので、公務員だからといって逸失利益がないという論理は採用されなくなる可能性もあるでしょう。

3 まとめ

以上から、後遺障害が生じても現実の減収がなく、事故前の収入を維持している場合に、後遺症を理由とする将来にわたる損害賠償を請求するためには、被害者の側で、不利益が生じる可能性がある特別の事情があることを具体的に主張立証する必要があることになります。
最高裁の判例などを参考にすると、その内容は概ね以下のような項目になると思われます。

① 本人が業務においてどのような努力をしているか
② 勤務先がどのような配慮をしてくれているか
③ 勤務先の規模や存続可能性
④ 現在の仕事を将来にわたって続けられるか
⑤ 将来の昇進・昇任・昇給などにおいて、具体的にどのような不利益を受けるおそれがあるか
⑥ 実際の業務にどのような支障が生じているか
⑦ 生活上にどのような支障が生じているか

この記事の担当者

松本 篤周
松本 篤周
弁護士法人 名古屋法律事務所 所長。
目指す弁護士像
・依頼者の立場に立ち、その利益を最大限に実現するとともに、実質的な満足が得られるよう依頼者とのコミュニケーションをはかり、スキルを常に磨く努力すること
・特に大企業や行政の壁にぶつかって苦しんでいる人のために、ともに手を携えて壁を打ち破る取り組みに全力を尽くすこと

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