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国立公文書館特別展「誕生 日本国憲法」のご紹介

弁護士 樽井直樹

 南スーダンに派遣された陸上自衛隊の日報問題や森友疑惑をめぐる財務省の対応や加計学園に関する問題を見ると、行政機関での公文書のずさんな取扱いが分かります。公文書の収集、保存、活用において重要な役割を果たすのが国立公文書館です。
その国立公文書館では歴史的な文書の展示も行っています。この春は日本国憲法施行70年を控えて「誕生 日本国憲法」という特別展示がされていました。この展示を見てきましたので、ご紹介します。

 

1 敗戦から「憲法改正」案の作成まで

 日本国憲法が連合国(実質的にはアメリカ)による占領中に制定されたことから、日本国憲法の成立に連合国軍最高司令官司令部(GHQ)の強い関与があったことは従来からも明らかにされています。そのことを捉えて、日本国憲法は「押しつけ憲法だ」として、改憲論の根拠とする言説も根強く存在します。
今回展示された資料からは、敗戦を受けても政府内部では大日本帝国憲法(明治憲法)の改正を不要とする意見や改正をするとしても最小限にとどめ解釈で対応するという見解が多数を占めていたことが分かります(「「ポツダム」宣言受諾にともなう各省実行計画」(昭和20年9月11日)や法制局書記官が作成した「終戦と憲法」(昭和20年9月18日))。そのような流れの受け、旧態依然とした憲法観しか示せなかった政府の憲法問題調査委員会の改憲草案(松本試案)が明らかになった(昭和21年2月)ことから、危機感を抱いたGHQが、憲法問題に積極的に関与するようになったことが浮かび上がります。
政府の対応は旧態依然としたものでしたが、民間人はそうではありません。映画「日本の青空」でも知られる憲法研究会の活動は有名ですが、その「憲法草案要綱」(昭和20年12月26日)はGHQにも影響を与えたといわれています。憲法研究会は憲法草案要綱を首相官邸に持参し提出しています。そのときに出された杉森孝二郎鈴木安蔵の名刺を添付した憲法草案要綱が展示されていました。


GHQの「憲法草案」(昭和21年2月13日)が示され、閣議に日本語訳が提出されました(昭和21年2月26日)。政府はGHQ案をもとに憲法改正を検討するしかないことを受け入れ、「憲法改正草案要綱」(昭和21年3月6日)が発表されます(日本国憲法は実質的には新しい憲法を制定したものですが、形式的には明治憲法の改正という形を取りました。この稿で「憲法改正」という場合、「日本国憲法の制定は明治憲法の改正という形式を取った」という意味で使っています。)。
この要綱が発表されたことから、憲法についての活発な議論が巻き起こります。いくつか興味深い資料を見ることができました。

  1. まず、憲法改正手続きをどのように進めていくかという点について、明治憲法の憲法改正手続に関する部分及び枢密院・貴族院に関する部分のみをまず改正し、その後、改めて憲法制定のための「制憲議会」を招集し憲法改正案を提出するという案が検討されていたこと(昭和21年3月。結局は、「あまりに理想的であり、理論的に過ぎ」るとして退けられた。)。
  2. また、後に憲法担当の国務大臣として活躍する金森徳次郎(戦前に法制局長官を務め天皇機関説により下野した)が、草案の「主権所在の問題」についてかつて自らも批判された天皇機関説を採用したものという論説を発表し(昭和21年3月9日)、これに注目した政府が金森を内閣嘱託として迎え入れ、憲法制定に関与させるようになったこと。
  3. さらに、内閣審議室世論調査班が憲法改正草案に対する意見の投書(いまでいうパブリックコメント)をまとめたものを作成しており、この中では形式面で「用語の平明化」を希望するものが「極めて多い」とされ(このことが日本国憲法ではじめて、法文にひらがな表記が採用されたことにつながったのでしょう)、「戦争放棄」に関して「戦争放棄には賛成なるも軍備撤廃に関しては国民的不安の感情を有するやに見受けられ、又明文にて規定する要なしとするもの知識階級に相当数見受けらる」との記述が目を引きます。

2 帝国議会での審議に向けて

 戦後初めての衆議院総選挙は昭和21年4月10日に行われました(女性の参政権を認め、選挙権を20歳に引き下げる衆議院議員選挙法の改正は昭和20年12月に行われていました)。この議会で明治憲法の「改正」という形式で日本国憲法の制定が議論されることになります。5月には吉田内閣が発足し、金森は憲法担当の国務大臣として入閣します。
金森は、法制局とともに、制憲議会での争点問答を準備します(「憲法改正草案に関する想定問答」(昭和22年4月))。例えば「今回の改正で国体に変革を来したか」という論点について答弁を用意しています。「国体護持」を掲げる保守派に配慮しつつ、旧態依然とした国体論を振りかざすわけには行かないという中で、「国体とは法律的制度の根底となっている国家の個性特色で・・・わが国にあっては万世一系の天皇が常に国民生活の中心にましましてきた国柄をいう〔が〕・・・それは必ずしも天皇が広範な政治上の権力を有されることを意味しない・・・新憲法の第1条は国民生活の中心的存在としての天皇の地位を明確に宣言したもの〔であって〕・・・ここに国体は護持されているとみるべきである」と象徴天皇制と国体を結びつけることで国体護持論を唱えます。同時に「国体に変革なしとする説明が海外に反動的印象を与え、不測の反響をもたらさないやう答弁に際し慎重なるを要する」との注意書きをかかげています。
憲法改正案は議会での集中的な審議、衆議院、貴族院でのそれぞれの修正を踏まえ議決され、枢密院でも可決、昭和21年11月3日に交付されました。

3 憲法の普及

 憲法公布後、憲法の普及活動が始まります。
11月3日、日本国憲法公布式典で昭和天皇は「勅語」を「下し」ました。勅語では、「日本国民は、みづから進んで戦争を放棄し、全世界に正義と秩序を基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基づいて国政を運営することをここに明らかに定めた」とし、「朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任を重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ」と述べています。大変立派な「勅語」です。「このような勅語を是非学校で教えて欲しい」といった議論が巻き起こらないのは、勅語をありがたがったり、押しつけたりすることが、憲法的ではないからです。
さて、帝国議会は、新憲法の普及徹底のため1年の期限付きで帝国議会内に「憲法普及会」を設けます(昭和21年12月1日)。憲法普及会は中央官庁職員に新憲法の精神を徹底させるための憲法普及特別講習会を開催したりします。その講義録が「新憲法講話」として出版されています(昭和22年7月)。目次を見ると「第1講 新憲法大観 金森徳次郎」「第2講 新憲法と教育 芦田均」「第3講 戦争放棄 横田喜三郎」「第4講 基本的人権 鈴木安蔵」「第5講 家族制度と婦人 我妻栄」「第6講 国会と内閣 宮沢俊義」「第7講 司法、地方自治 田中二郎」「第8講 新憲法と社会主義-私有財産及労働権 森戸辰男」「第9講 政治思想 堀真琴」と保守派から学界のリーダー、左派知識人まで錚々たる講師がそろっています。
憲法普及活動といえば文部省が副教材として作成した「あたらしい憲法のはなし」(昭和22年8月)が有名ですが、憲法普及会も「新しい憲法 明るい生活」という小冊子を2000万部発行し、各戸配布をしたようです。「もう戦争はしない」という項では、日本国憲法の平和主義について、見事な説明がなされています。
「私たち日本国民はもう二度と再び戦争をしないと誓った。これは新憲法の大きな特色であって、これほどはっきり平和主義を明らかにした憲法は世界にもその例がない。私たちは戦争のない、ほんとうに平和な世界をつくりたい。このために私たちはこのために私たちは陸海空軍などをふりすてて、全くはだか身となって平和を守ることを世界に向かって約束したのである」。この徹底した平和主義の趣旨について「わが国の歴史をふりかえってみると、いままでの日本は武力によって国家の運命をのばそうという誤った道にふみ迷ってゐた。殊に近年は政治の実権を握っていた者たちが、この目的を達するために国民生活を犠牲にして軍備を大きくし、ついに太平洋戦争のような無謀な戦いをいどんだ。その結果は世界の平和と文化を破壊するのみであった。しかし太平洋戦争の敗戦は私たちを正しい道へ案内してくれる機会となったのである」と説明します。さらに、「新憲法ですべての軍備を自らふりすてた日本は今後「もう戦争をしない」と誓うばかりではたりない。進んで芸術や科学や平和産業などによって、文化国家として世界の一等国になるように努めなければならない。それが私たち国民の持つ大きな義務であり、心からの希望である」と「積極的平和」概念につながる考えを示しています。そして、この項目は次のように締めくくられています。「世界のすべての国民は平和を愛し、二度と戦争の起こらぬことを望んでいる。私たちは世界にさきがけて「戦争をしない」という大きな理想をかかげ、これを忠実に実行するとともに「戦争のない世界」をつくり上げるために、あらゆる努力を捧げよう。これこそ新日本の理想であり、私たちの誓いでなければならない」。
憲法普及会が当初の予定どおり1年間で任務を終えたあと、昭和23年6月に憲法普及協会が発足し、その後6年間活動を続けたそうです。

 日本国憲法の制定過程にGHQが深く関与したことは事実でしょう。しかし、そのことが直ちに「憲法が押しつけられた」ことを意味するわけではありません。今回の展示を見て、改めて日本国憲法は真剣な議論を踏まえて制定され、その内容を国民が支持し、血肉化してきたのだということを改めて感じることができました。押しつけられたのは明治憲法の価値観に凝り固まっていた当時の支配層であっても、国民ではなかったのです。
この展覧会の図録は500円で販売されています。

この記事の担当者

樽井 直樹
樽井 直樹
弁護士は、様々な相談事やトラブルを抱えた方に、法的な観点からアドバイスを行い、またその方の利益をまもるために代理人として行動します。私は、まず法律相談活動が弁護士として最も重要な活動であると考えています。不安に思っていたことが、相談を通じて解消し、安心した顔で帰られる姿を見ると、ほっとします。
また、民事事件、刑事事件など様々な事件を通じて、依頼者の立場に立って、利益を実現することに努力します。同時に、弁護士としての個々の事件を通じて、社会的に弱い立場にある方の利益を守ったり、社会的少数者の人権を擁護することを重視しています。
そのような観点から、弁護士会や法律家団体などでの活動にも取り組んでいます。

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